対 立




 その通信が入った時、エリア11総督執務室には、総督であるナナリーの他に、総督補佐のナイト・オブ・セブンであるスザクと、文官のローマイヤがいた。
『枢木卿やMs.ローマイヤがいたのは丁度良かった』
「オデュッセウスお異母兄(にい)さま」
 子供の頃も、そしてエリア11に総督として赴任する前、本国で過ごした一年近くの日々も、殆ど接触のなかったオデュッセウスからの突然の通信に、ナナリーは不安そうにその名を呼んだ。
『ナナリー、君はユーフェミアが失敗した特区を再建するとか言っているそうだね』
「は、はい。それでブリタニア人とイレブンの皆さんが少しでもお互いに歩み寄りが出来るようになれば、このエリアの治安も良くなっていくと思うんです。そのきっかけに、ユーフェミアお異母姉(ねえ)さまがなさろうとしていたことを引き継ごうと思って」
『ナナリー、それがどういうことか、分かってやっているのかい?』
「ど、どういうことって……、私はユーフェミアお異母姉さまの意思を継いでこのエリアを住みよい土地にしてと」
ナナリーはオデュッセウスの真意が分からず、おどおどと自分の思っていることことを述べた。
『ユーフェミアがやろうとしたことは、そして今君がやろうとしていることは、国是に逆らったものだということ、承知しているのかい?』
「! でも! ユーフェミアお異母姉さまの時、本国は特区の成立を認めたではありませんか?」
 何故いまさらそれを言われなければならないのか、ナナリーには理解出来ない。
『ユーフェミアは己の皇籍奉還と引き換えに認めさせたんだよ。翻って君はどうだい? 何をもって国是に逆らうような真似をするのかな?』
「そ、それは……」
ナナリーはオデュッセウスの言葉に狼狽えた。返す言葉が見つからない。ユーフェミアの時に認められたのだから何の問題もないと、ナナリーはそう思っていた。まさかユーフェミアの皇籍奉還と引き換えの策だったなどとは、思いもよらなかった。
『枢木卿、Ms.ローマイヤ、君たちはどう思っているのかな?』
「ナナリー総督のお考えは素晴らしいと思っています。ブリタニア人とイレブンが歩み寄ることが出来れば、現在矯正エリアであるこのエリアも治安が回復し、いずれは衛星エリアになることが出来ると考えております」
突然話を振られて驚きはしたが、スザクは思っていたことをそのまま口に乗せた。ただその一方で、ユーフェミアの策が彼女の皇籍奉還と引き換えであったという、自分の知らなかった事実に驚いてもいたが。
「私は、臣下として皇族である総督のなさることをお助けするだけです。ただ、非礼を承知で私見を申し上げさせていただくなら、行政特区は愚かな策としか申せません。現に一度失敗しているのです。しかもイレブン虐殺という行為によって。ですからイレブンがそう簡単に、ナナリー総督の策を受け入れるとは思われません」
 ナナリーとスザクはローマイヤの言に驚いた。黙ってナナリーの言うことに従っているから、てっきりローマイヤもナナリーの策に本当にやる気になっていると思っていたのだ。
『Ms.ローマイヤの言う通りだね。ブリタニアの皇族が、エリアの総督が、何の犠牲も払わず、国是に逆らうような策を行うなど、許されざる行為だ。ましてやユーフェミアの時のものがああいう結果になったことについて、何の考慮もせず、ただ再建すればいいと考えている。私の言うことは間違っているかな?』
「でもお異母姉さまのやろうとしていたことは素晴らしいことです! 何故かイレブン虐殺などという不幸な結果を招いてしまいましたが、成功していれば素晴らしい結果を得られたはずです!」
『それはどうかな?』
「どういう意味ですか?」
ナナリーはオデュッセウスの真意が分からずに、ただ尋ね返した。
『たった100万人程度が入ることを許された特区。では入ることの出来なかった者はどうなる? 特区の中ではブリタニア人とイレブンの差がなくなり、ブリタニア人は搾取すべきイレブンと同等とみなされなければならなくなる。ブリタニア人の誇りを傷つける行為だ。そうなれば、その傷つけられた誇りは、特区に入れなかったイレブンに向けられ、イレブンは今以上に虐げられる存在になるだろう。そんなことも理解していないのかな?』
 ナナリーにはオデュッセウスの言っていることが理解出来なかった。いや、したくなかったのかもしれない。
「そ、そんなことはありません。特区がきっかけとなって、お互いに歩みあうことが出来るようになるはずです」
 ナナリーは狼狽えながらも必死に自分の考えを述べる。
『ブリタニア人にとってナンバーズは弱者であり、虐げる存在だ。国是であるその思考を君はどうやって変えていくつもりなのかな?』
「そ、それは……」
 ナナリーは必死に考えを巡らした。
「黒の騎士団のゼロにも協力を求めました。ゼロが賛同してくれれば、ゼロを支持している日本人、いえ、イレブンの皆さんも協力してくれるはずです。そしてテロがなくなれば、きっとブリタニア人も安心して納得してくれるはずです」
『君のそれは楽観論に過ぎない。実際にユーフェミアの時は虐殺という行為に至っている。それと全く同じ策を取ろうとしている君に、ゼロは本当に賛同するだろうか?』
「……きっと賛同してくれると、そう信じています。だって、イレブンとブリタニア人が仲良く手を携えていける場所を創るのですから」
『それは君の独り善がりの考えに過ぎないと、私は先程からそういう意味で言っているのだけれど、分かっていないようだね』
「一人善がり?」
 オデュッセウスの自分を否定するかのようなその言葉に、ナナリーは眉を顰めた。
『ゼロたちが望んでいるのは、今はエリア11となった日本の独立であって、たった一部だけ認められた特区ではない。君の考えは甘すぎるよ、ナナリー』
「そんな……」
そんなナナリーとオデュッセウスの遣り取りを黙って聞いていたスザクは、堪らなくなって口を挟んだ。
「オデュッセウス殿下、お言葉を挟むことをお許しください」
『何かな、枢木卿』
「前回のユーフェミア様の特区が失敗したのはゼロのせいです。そのゼロが今回はナナリー総督に賛同すれば、協力を得られれば特区成功の確率は格段に上がります」
『ゼロがナナリーに賛同すると信じて疑わないようだね、君は。それに前回の失敗がゼロのせいと決めつけているようだが、前回はユーフェミアの日本人虐殺という行動の結果であって、ゼロの責任ではないだろう』
「ゼロがユーフェミア様にそうさせたんです。ですが今回はそれは考えられません」
 ゼロであるルルーシュが最愛の妹であるナナリーを、そのナナリーの策を今回は否定出来るわけがないとスザクは思っている。
『君はまるでゼロの正体を知っているかのようだね』
「! す、推測の段階ですが……」
『ふむ、成程ね。しかしゼロが賛同すると、どうして言い切れるのかな? ゼロの目的はエリア11の独立であって、一部の特区などという政策ではない。もしそれを認めれば、ゼロは今度はイレブンから離反されるだろう。そこはどう考えているのかな?』
「そ、それは……」
 スザクは答えに窮した。確かに日本の独立を掲げている以上、一部の特区では納得はしないだろう、周囲の人間たちが。そんな中でルルーシュがどういった行動を取るのか、確かに判断は難しい。
『Ms.ローマイヤはどう考えているのかな、この度の特区について』
「一言で言わせていただくなら、単に国是に逆らっただけではなく、税金の無駄遣いかと。イレブンのためにブリタニア人は税金を払っているわけではないのですから」
『その通りだね。どうやらエリア11はクロヴィスから始まって、コーネリアは責任を放棄して出奔したし、カラレスは力押しでイレブンを虐げすぎたし、真面な総督に恵まれていないようだね。こうなるとエリア11に住むブリタニア人はもちろん、イレブンまで気の毒になってくるよ』
「殿下、それは言い過ぎです! ナナリー総督は頑張っていらっしゃいます。ブリタニア人のためだけではなくイレブンのことも考えて……」
『その結論が行政特区だというなら、前例の失敗から何も学んでいないただの愚策に過ぎず、ブリタニア人はもちろんイレブンのためにもならないものだということを、何ら理解出来ていないということになると私は考えるのだがね。さて、どうなのだろう、ナナリー。ユーフェミアの失敗から君は何を学び、何を変えようとしているのかな? 私の目からはただ同じことを繰り返そうとしているだけにしか見えない。それではブリタニア人は、真の意味で君についてこない。もちろんイレブンもだ』
「それは……」
 ナナリーにはオデュッセウスに返す言葉が無かった。ナナリーはユーフェミアの“行政特区日本”という政策を素晴らしいものと考え、それを成功させることしか念頭になかった。
『君はどうやら総督としては不適任だったようだね。君を総督に押したシュナイゼルも失敗したと考えているようだよ。君には自分がブリタニアの皇族であり、エリア11の最高責任者たる総督であるという自覚が足りない。そんな有り様でよくエリアの総督になりたいなどと言い出せたものだ』
「お異母兄さま! わ、私はただエリア11の皆さんのためを思って……」
『それは君の独善だと私は言っている。私の言っていることの意味も汲み取れない君に、総督たる資格はない。とにかく、今回君が打ち出した“行政特区日本”を本国としては認めない。もしどうしても認めさせたいなら、ユーフェミアのように皇籍奉還でもすることだね。そうすれば結果がどうなるかはともかく、政策の推進は認められるだろう。とはいえ、総督である君が皇籍奉還すれば、その次の総督はきっと特区を認めないと思うがね』
「それでは朝令暮改です!」
 スザクはオデュッセウスの言葉に思わず怒鳴ってしまっていた。
『それは君の方だろう、枢木卿。ナナリーがゼロに協力を求めた直後に黒の騎士団を攻撃したのは、一体何処の誰だったのかな? 君のような、ブリタニアの本来の騎士の在り方を知らない者にそれを求めるのがそもそもの間違いなのだろうが』
「じ、自分は……!」
『Ms.ローマイヤ、君には迷惑ばかり掛けるがそれもあと少しのことだ。この度のことを上申すれば、皇帝陛下もナナリーを総督位に置いておくことを再考されるだろうから。もう暫くの間、大変だろうが頑張ってくれたまえ。君の働きを期待している』
「ありがとうございます、殿下。私も出来る限りのことをしてまいる所存です」
 そう告げてローマイヤは恭しくスクリーンの向こうのオデュッセウスに礼を取った。
 ゼロがルルーシュであることを知っているスザクは、それを口にすることは出来ないが、最愛の妹であるナナリーのためにならないことはしないだろうと思っている。そして同じくゼロの正体を知っている皇帝が、ルルーシュを抑えるための切り札としてのナナリーをそう簡単に切り捨てはしないだろうとも。
 しかしそれもまたスザクの身勝手な判断であり、それこそシャルルにとっては、ナナリーもスザクもただの駒でしかないのだ。
 こうして皇室の中、上位皇位継承権を持つ者と、総督とはいえ、皇位継承権は低位であり、かつ、何の実力もないナナリーと彼女を支えるスザクの間に、深い対立構造が生まれていくのに、ナナリーもスザクもあまりにも自覚が足りなかった。

── The End




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