『お兄さま、スザクさん、私は、お二人の敵です』
通信スクリーンの中で、車椅子に座った少女がそう宣告した。
「……ナナリー。生きていたのか?」
ルルーシュは、スクリーンに映る少女── 実妹の、死んだとばかり思っていたナナリー── にそう尋ねるのが精一杯だった。
『はい、シュナイゼルお異母兄さまのおかげで』
「シュナイゼルが?」
『お兄さまもスザクさんも、ずっと私に嘘をついていたのですね。本当のことをずっと黙って。でも私は知りました。お兄さまがゼロだったのですね。どうして? それは私のためですか? もしそうなら、私は、私はそんなことは望んでいなかったのに』
切々と訴えるナナリーに、ルルーシュは返す言葉を見い出せなかった。
エリア11の総督という地位にありながら、その地位を放棄し、死んだと思わせて行方を眩ませていたナナリー。ナナリーは気付いているのだろうか、自分がしたことの意味を。何を為したのか、為そうとしているのかを。 態よくシュナイゼルに騙され神輿として担がれているだけなのだろうに、おそらくナナリーはそれすらも気付いていないだろうとルルーシュは思った。
そしてそんなナナリーに一体どんな言葉を掛ければいいのかと。
そうやってルルーシュが頭を悩ませているところへ、思わぬところから横やりの一言が入った。
「何を言っているの、ナナリー!」
「ユフィ!」
それは死んだとされているブリタニアの元第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアだった。
『ユフィ、生きていたのか!?』
画面の端、コーネリアが驚きの声を上げる。
「ええ、生きておりましたわ。死ぬ間際のところをルルーシュとアスプルンド伯の手によって救われました」
『どういうことだ? そのルルーシュこそがおまえを……』
「ブリタニアの医療技術は、銃弾を腹部に一発あびたくらいで死ぬようなものではありませんでしょう。それが死ぬ間際にまで至ったのは、国是に逆らった皇女ということで、医療処置を放棄されたからです。そこをアスプルンド伯が救い上げてくれて、そしてそんな私をルルーシュが匿ってくれていたのですわ」
それはルルーシュの騎士となったスザクもつい最近まで知らされなかった事実だった。知らされて、ユーフェミアが生きていたことをどれだけ喜び、そしてまた如何に何も知らなかったとはいえ、ルルーシュを無責任にも責めすぎたと反省しきりだった。ちなみに、ルルーシュに対して行ったことを激しく追及され、ユーフェミアからかなり厳しく、相当凹むまで責め立てられたのはまだ記憶に新しい。
『ユフィお異母姉さま、お異母姉さまはお兄さまのギアスに騙されているんです!』
「あいにくと、ルルーシュのギアスは一人につき一回しか効かないの。そしてそれは行政特区の式典の際にギアスの暴走で使われてしまったから、ルルーシュのギアスは二度と私には通用しないのよ」
『だがルルーシュはおまえを虐殺皇女として……!』
「あの時のルルーシュにはそうするしかなかったのですわ。私があまりにも愚かだったために。
そしてコーネリアお姉さま、私を本当の意味で虐殺皇女にしたのは、お姉さまをはじめとするブリタニアではありませんか!」
『何を言う! 私はおまえの名誉を回復しようと……』
「そうしてブリタニアを出奔して何をなさいました? エリア11のトウキョウ租界と、今また自国の帝都たるペンドラゴンに、私のためにと開発された大量破壊兵器を投下して、大量虐殺を働いただけではありませんか!」
『トウキョウ租界の件はコーネリアお異母姉さまは関係ありません! それにペンドラゴンの民は避難させていたはずです! それを大量虐殺を働いただなんて!』
ナナリーはコーネリアを庇うが、それはユーフェミアには何の意味もなさなかった。
「そうね、トウキョウ租界の件ではお姉さまは無関係かもしれないわね。でもナナリー、貴方はどうなの? エリア11の総督であり、今また皇帝を名乗る貴方には何の責任もないとでもいうつもり?」
『トウキョウ租界の戦いは全てシュナイゼルお異母兄さまにお任せしていました! それに何より戦争だったんです! ペンドラゴンは確かに消滅させてしまいましたけど、民衆には被害は……』
「何を根拠にそんなことを言っているの? ナナリー、貴方はエリア11の総督、つまりエリア11の最高責任者。その立場にありながら、全てお異母兄さまに任せていたから、自分は何の関係もないとでも言うつもりなの? それにペンドラゴンの民衆は避難なんかしていなかったわ。普通の生活をしていたところにフレイヤを投下されて、皆、何も分からないままに死んだのよ! それにもし仮に避難していたとしても、これから先の彼らの生活はどうなるの? ペンドラゴンにあったものは全て失われてしまったのよ!?」
『そんなはずありません! ペンドラゴンの民はきちんと避難させたはずです! シュナイゼルお異母兄さまがそう……』
「ナナリー、七年もの間、一人で貴方を守り育ててきた実の兄であるルルーシュを信じられないのね。なんて愚かな子。あれ程にルルーシュに愛され慈しまれてきたのに、ルルーシュを信じないで、たった一年程度しか付き合いのないシュナイゼルお異母兄さまを信じるなんて。自分が利用されてるだけだなんて思いもしないのでしょうね」
『利用されてるだなんて、なんてことを仰るんです! 嘘をついてきたのはお兄さまです! そのお兄さまを討つのが妹である私の役目です!』
「そう、そんなふうに思うまでシュナイゼルお異母兄さまに言いくるめられているのね、可哀想な子」
『ユフィお異母姉さま!』
さっきからユーフェミアは何を言っているのだとナナリーは思う。言いくるめられているのはユーフェミアのほうだ。兄のルルーシュがゼロであったのは紛れもない事実であり、そのために多くの命が失われた。トウキョウ租界でのフレイヤの使用にしたところで、そもそもルルーシュが攻めてさえこなかったら起こりえなかったことではないか。
『ユフィ、おまえのほうこそルルーシュに誑かされているんだ! 目を覚ませ!!』
「目を覚まして世界を冷静に見るべきはお姉さまやナナリーの方ですわ。シュナイゼルお異母兄さまはいまさら何を言ったところで変わらないでしょうし、全て理解した上でなさっているのでしょうから、言うだけ無駄だと思っておりますけれど」
『随分と手厳しいね、ユフィ』
「本当のことではありませんか。私が提唱した“行政特区日本”の件の時もそう。お異母兄さまはお姉さまに話しておくと言いながら、何もなさってはくださらなかった。違いますか?」
『忙しさに取り紛れてしまっただけだよ。話は通すつもりだった』
「いまさら、言葉では何とでも言えますわね。でも私は事実を知りました。8年前のマリアンヌ様殺害事件のことも、この8年の間、ルルーシュがどんな思いで生きてきたのかも、そしてどうしてゼロとして起ったのかも」
『どうして、どうしてユフィお異母姉さまが知っているんです! 本来なら実の妹である私こそが知るべきことなのに!』
「知ろうとしなかったのは貴方の方でしょう、ナナリー。あんなに傍にいたのに。ルルーシュがゼロになったのは全ては貴方の望みを叶えるためだったというのに」
ユーフェミアはそう言って、スクリーンに映るナナリーに憐れみの視線を向けた。
『私の、ため……? 嘘です! 私はそんなことを望んだことは……!』
ユーフェミアの言葉にナナリーは必死に首を横に振った。自分のためでなどあろうはずがない。自分はそんなことを望んだことはない。全てはルルーシュが自分の野望を叶えるために行ったことだ。ナナリーはそう信じて疑わない。
「“優しい世界になりますように”、貴方はそう願ったのよね。貴方が望んだ“優しい世界”のためには、お父さまの、弱肉強食を国是としてエリアの民をナンバーズとして虐げるブリタニアがある限り、決して無理だと、叶えることは出来ないと、そうルルーシュは考えたのよ。だからそのために、ブリタニアを壊すために起ちあがったのよ。
そしてそれだけではないわ。お父さまがなさろうとしていたことは、人として決して許される行為ではなかった。ルルーシュがそれを知ったのは、ルルーシュがシュナイゼルお異母兄さまの巧みな言葉で、黒の騎士団に裏切られて逃れた神根島でお父さまと対した時だそうだけれど、結果としてルルーシュは世界を救ったのよ。なのに何も知らず、知ろうともせずに貴方はルルーシュだけを責めるのね、ナナリー」
『父上が何をされようとしていたというのだ!?』
「神殺しですわ、お姉さま」
『神殺しだと? 何を馬鹿なことを言っている。神などというものがいるものか。もし仮にいたとしても殺すことなど出来ようはずがない! おまえはルルーシュにいいように言いくるめられているのだ!』
「神とは人の無意識の集合体。ギアスのことをご存じならお分かりになってらっしゃると思っていたのですけど、違いましたのね。では、お父さまがギアス能力者だったこともご存じなかったのかしら」
『父上もだと!?』
「そうですわ。ブラック・リベリオンの後、一年もの間、ルルーシュが何をしていたかといえば、お父さまのギアスで記憶を書き換えられて、ナナリーの代わりに弟がいると思い込まされ、自分が皇族であったことも、ナナリーのことも、ゼロであったことも、ギアスのことも忘れさせられて、機情の監視を受ける生活をそうとは知らずに受けさせられていたのですわ。だいたいナナリーも不思議に思わなかったの? スザクが貴方とルルーシュの電話を繋いだ時のルルーシュの様子を。何も気付かなかったの? 不自然だと思わなかったの? 心配しなかったの? あの後、ルルーシュを捜そうとする気配もなかったけど」
『そ、それは……』
痛いところをつかれたようにナナリーは口籠った。
「ナナリー、結局貴方にとってルルーシュは、自分の面倒を見てくれる都合のいい存在でしかなかったのよね。本当の意味で、兄であるルルーシュを想ってなんかいなかったのよね」
『そんなことはありません、私は……!』
「でも実際に貴方がしていることはそういうことじゃないの。貴方はもうルルーシュの妹なんかじゃないわ。帝都を滅ぼし皇帝を僭称し宣戦を布告してきた以上、貴方は貴方が最初に言ったようにルルーシュや私たちの敵なのだから」
『ユフィ!』
「お姉さま、貴方もですわ。私たちは敵同士です。私たちは逃げも隠れもいたしません、正々堂々と貴方方を迎え撃たせていただきますわ」
そう告げると、相手がさらに何かを言おうとするのを拒むかのように、ユーフェミアは通信を切ってしまった。
「ユフィ……」
ナナリーたちとユーフェミアの遣り取りを呆気にとられて見ていたルルーシュが、途方に暮れたようにユーフェミアの名を呼んだ。
「何? 私、何か間違ったことを言っていて?」
ユーフェミアは悪気は全くなさそうに小首を傾げてルルーシュに問い掛けた。
「さあルルーシュ、スザク、ゼロ・レクイエムなんて馬鹿なことはやめて、ナナリーたちに立ち向かうのよ!」
そう言ってユーフェミアは拳を握りしめた。
── The End
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