叶わぬ願い




 トウキョウ租界にある私立アッシュフォード学園の学園祭において、それは唐突に告げられた。
「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、フジサン周辺に“行政特区日本“を設立することを宣言いたします」
 お忍びで学園を訪れていたエリア11副総督のユーフェミアが、マスコミを前に突然そのような宣言をしてしまったのだ。
 それは、ユーフェミアが暫く前から構想していたことであり、本国の、異母兄あにであり、帝国宰相でもあるシュナイゼルからも「いい案だ」と言われていたことでもあった。
 シュナイゼルからの言葉に、ユーフェミアは、いける、と判断し、姉はもちろん、教育係りのダールトンにも相談することなく、学園で来場していた人々や学生に、そしてマスコミに取り囲まれ、発表するにはいい機会だと独走、いや、暴走というべきか、してしまったのである。
 その宣言を、学園祭のために建てられた仮説の建物の中で隠れるようにして聞いていたルルーシュとナナリーを襲ったのは、絶望以外のなにものでもなかったが、ユーフェミアには、それは思いもよらぬことだった。
 ユーフェミアはこれでまた以前のようにルルーシュやナナリーと共に過ごすことが出来るようになると、ただそう思い込んでいた。



 エリア11総督であるコーネリアは、ユーフェミアの特区設立宣言に驚き、怒りを覚えていた。
 姉であり、何より上司である自分に対して何の相談もなく宣言された”行政特区日本”。どうしてそのようなものが認められようか。日本人などもういはしない。いるのはイレブンと呼ばれるナンバーズだけだ。ブリタニア人とナンバーズを明確に区別するコーネリアにしてみれば、当然の反応である。
 だが怒りを覚えたのはコーネリアだけではない。本国でも同様だった。
 宰相府や、果ては直接皇帝に謁見を願い出て、反対意見を述べる皇族や貴族たちが相次いだ。
 曰く、
「行政特区とは何です、ナンバーズは所詮ナンバーズ、エリア11だけに特例を設けるわけにはまいりません」
「ユーフェミア皇女殿下は国是を理解しておられない。弱者であるナンバーズを日本人として認めるなどという政策は、決して有り得ません、許してはなりません!」
「フジサン周辺はサクラダイトの世界最大の埋蔵地域。それをナンバーズ如きに解放するなど、有り得ません、あってはなりません」
 そしてそれはユーフェミアの他の異母兄弟姉妹も同様だった。
 誰もがユーフェミアの独走を、“行政特区日本“という構想を非難した。
「あの娘は自分が何者であるのか、皇族であるということを、副総督という公の地位にあることを自覚していない」
「ナンバーズになった日本人を、一部とはいえ日本人として認めるなど、あってはならぬこと」
「皇族だから何もかも思い通りにいくと、何か思い違いしているのではないか」
 シュナイゼルは確かに異母妹いもうとのユーフェミアに「いい案だ」とは言ったが、それは私的な、異母兄としての異母妹に対する対する感想であって、帝国宰相として認めたものではなかった。また、これによりテロリストを抑えることが叶うだろうという思惑も働いてのことだ。
 しかしユーフェミアには公私を明確に区別することが出来ず、またシュナイゼルの裏の思惑にも思い至らず、その一言を、自分の構想を公的に認めてくれたものと、言葉尻だけをとらえて、単純にそう理解したのだ。
 そのあたりはかねてから姉のコーネリアに指摘されていた、ユーフェミアの一番の問題点でもあった。



 エリア11総督としてのコーネリアは、一度マスコミを通して発表されてしまったことでもあり、また誰よりも慈しんでいる妹のユーフェミアを咎めることに躊躇いを覚え、ユーフェミアの唱えた特区を認めるしかないかとそう考えていたのだが、コーネリアのその考えは甘かった。
 本国の枢密院から正式に、ユーフェミアの特区構想に「否」の通告が届いたのである。
 凶報はそれだけでは済まなかった。
 すなわち、皇帝シャルルは枢密院を通し、ユーフェミアを国是に逆らったとして、エリア11副総督からの更迭、本国への帰還、ブリタニア皇室からの廃嫡、さらには国内貴族への降嫁を通告してきたのである。
「何故ですか!? 何故認めていただけないのです! ナンバーズだからといって、区別することが本当に良いことなのでしょうか? 彼らにも人として生きる権利があるはずです。それに特区については、シュナイゼルお異母兄さまから、「いい案だ」って言っていただきました。なのに何故です。第一どうして私が副総督から更迭されて、そのうえ嫁がなければならないんですか!?」
 モニター越しに、通達を連絡してきた枢密院のシュトライト議長を前に、ユーフェミアは捲し立てた。
『ユーフェミア様、貴方はブリタニアの国是をどう理解しておられるのでしょう? ブリタニアの国是は弱肉強食。我がブリタニアに制圧されエリアとなった国に住む人間には、権利などというものはないのですよ。彼らに許されるのは、ナンバーズとして、被征服民族として生きていくことだけです。
 そして廃嫡と降嫁の件については既に皇帝陛下がお決めになられ、貴方の母君であるアダレイド皇妃殿下もお認めになられたこと。覆すことは出来ません』
 シュトライトは廃嫡が決定したユーフェミアに対して、“殿下”と敬称を付けることすら止めていた。
「それでしたら、皇籍奉還の特権を! それで特区を認めてください!」
『皇籍奉還も何も、既に陛下は貴方の廃嫡を決定されました。つまり今の貴方には皇籍奉還の特権も最早無いということです』
「そんな……。だって、シュナイゼルお異母兄にいさまは、「いい案だ」ってそう仰ってくださったのに……」
『その件でしたら、今回のことにあたり開かれた皇室会議で、シュナイゼル閣下はこう仰っておられました。“異母兄として異母妹のユフィに確かに「いい案だ」とは言ったけれど、それはあくまで理想的なものとして私的に思ったことであって、宰相として国是に照らし合わせて考えれば、無理なことは明白すぎる程に明白なのに、それを上司であるコーネリアに相談することもなく、マスコミを通して勝手に発表してしまうとは、己の立場をどう考えているのか”とのことでしたよ』
「……」
 シュトライトから告げられるシュナイゼルの言葉の意味に、ユーフェミアは呆然とし、既に返す言葉も見つからなかった。
 傍らでその遣り取りを聞いていたコーネリアは、本国の、父の妹に対する余りにも冷たい態度に、一方的すぎる、あまりにも酷すぎる、との思いも抱いたが、同時に七年前の第5皇妃マリアンヌの死去に伴うその子供たちへの態度を思い出してみれば、さもありなん、との思いもあった。
 こうしてユーフェミアのナンバーズ、すなわち日本人とブリタニア人が手を取り合って優しい世界を創ろうという願いは、無に帰し、彼女は本国へ強制送還となった。待っているのはユーフェミアのこれまでの行動から考えれば、本国の中枢から離れた、せいぜい地方の中流程度の貴族への降嫁だろう。
 ちなみにユーフェミアの廃嫡に伴い、彼女の選任騎士となっていた枢木スザクも、自動的に選任騎士を解任されることとなったのは極自然な成り行きであり、スザクはユーフェミアの構想を素晴らしいものと思っていただけに、それが結局は彼女一人の独走でしかなかったことに失望を覚えたというのは余談である。

── The End




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