その報告が帝国宰相シュナイゼルの元に上がったのは、エリア11副総督である第3皇女ユーフェミアが、名誉ブリタニア人でありながら現行唯一の第7世代KMFランスロットのデヴァイサーである枢木スザクを、己の騎士であるとマスコミを通して発表してから数日後のことであった。
報告を受けたシュナイゼルは、慌てて通信を繋いだ。己の異母兄であるオデュッセウスと、同じく異母姉であるギネヴィアに。二人とも、知らせなかったらきっと己を恨むだろうということが分かっていたから。
それは、本来なら宮内省のそれなりの役職にある役人が出向けば済む話だった。しかし一方の当事者たちが、それを納得しなかった。
「あれに会うのは妾が一番じゃ」
「何を仰るんです、異母姉上。あそこには私直属の特派がいます。私が参ります」
「いっそのこと、三人で行くというのはどうかな?」
異母妹と異母弟の遣り取りに、長兄であるオデュッセウスが提案した。
その意見を受け入れて、三人の皇族は非公式にエリア11を訪れることとなった。
その日、エリア11にある私立アッシュフォード学園では、枢木スザクがユーフェミア皇女の騎士に就任したことに対する祝賀会が開かれていた。主催はもちろん、ミレイ提案による生徒会である。
会もたけなわになった頃、会場の扉が開かれ、数人の大人たちが姿を現した。
その彼らの姿に気付いた会場内が、一気に静まった。それも当然だろう。たとえ本国にいたとしても、殆どマスコミを通してしか見ることの叶わない上位皇族が、三人も揃っているのだ、己らの騎士を従えて。
その登場に顔色を変えたのは、生徒会長のミレイと副会長のルルーシュだった。目の見えないナナリーは、会場内の雰囲気の変化を肌で感じてルルーシュの手を取った。そのルルーシュの手は震えていた。
三人の皇族と共にいる特派のロイドに気付いたスザクが、慌てて駆け寄っていった。
「ロイドさん、何かあったんですか?」
「何かあったって、もちろんあったよ、それも大事が〜」
眼鏡をキラリと光らせて、白衣を着たロイドがスザクに答えた。
ロイドの答えに、スザクは不安そうな瞳を三人の皇族に向けた。そして彼らの視線の先にいる者に気が付いて、顔色を変えた。三人が見つめる先、そこにいるのは生徒会副会長のルルーシュ・ランペルージと、その妹のナナリーだった。
「ルルーシュ」
第1皇女のギネヴィアが足を進めた。
「そなたが生きていたと知って、どんなに嬉しかったことか」
「君に一日も早く会いたくて、たまらずにこうしてやって来てしまったよ」
ギネヴィアに続いて第1皇子のオデュッセウスまでが進み出てルルーシュに告げる。
その言葉に、会場内にいる生徒たちの視線が、自然とルルーシュに集中する。
ルルーシュは顔色を変え、ただ黙って立ち尽くすだけだ。
「あ、あの、殿下たちは何を仰ってるんですか? 彼は確かにルルーシュという名前ですけど、皇族の方々と知り合いなんてことは……」
ルルーシュたち兄妹の事情を知っているスザクは、二人の存在を庇うようにギネヴィアやオデュッセウスに告げたが、それをシュナイゼルが遮った。
「調べはついているんだよ、今は亡き日本最後の首相枢木ゲンブの嫡子のスザク君」
「調べ、って……?」
スザクは何のことかとロイドを見やる。
「ユーフェミアが君を騎士に任命したことで、君の身辺調査が行われた。その中で浮かんで来たのが、君の一番の友人、いや、親友だというルルーシュ・ランペルージの存在だ。調べは彼にもおよんだ。そして分かったんだよ、ルルーシュ・ランペルージが、私たちの異母弟たる第11皇子のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであるということが」
シュナイゼルのその言葉に、会場のあちこちで息を呑む音がした。
ナナリーの、ルルーシュに伸ばした手の力が強くなった。
「君の存在が、皇室から隠れているルルーシュとナナリーの存在を知らしめたんだよ、枢木スザク」
「そ、そんな……」
スザクもとうとう顔色を変えた。ルルーシュたち兄妹がアッシュフォードに匿われて皇室から隠れ住んでいると聞かされたのは、スザクがアッシュフォードに編入してきたその日のことだ。それが調べられてバレてしまったなんて、スザクには想定外のことだった。
「皇族の選任騎士に任命された以上、その身辺調査は抜かりなく行われる。君がいなければ、ルルーシュから離れていれば、ルルーシュの存在は表沙汰にはならなかっただろう。だが君はユーフェミアに騎士に任命されても、ルルーシュから離れなかった。だからルルーシュのことにも調べがおよんで、事実が知れたのだよ」
「でも他の皇族や貴族たちに知られる前で良かったですよ」
ロイドがシュナイゼルに向かって口を挟んだ。
「ルルーシュ殿下たちのことをよく思っていない皇族方や貴族たちは、未だ大勢いますからね。もし彼らが先に知ったら、またルルーシュ殿下たちは危険な目に合うことになった可能性大ですから」
「そういうわけで、僕たちが直接君を迎えに来たんだよ、ルルーシュ、ナナリー」
「それになんといっても、少しでも早くそなたに会いとうての」
オデュッセウスに続いて、嬉し涙を浮かべながらギネヴィアが告げる。
「七年もの間、苦労をさせたね。けれどこれからは大丈夫だよ。あの頃とは違う。私たちが君を、君たち兄妹を守ってみせるから」
シュナイゼルはスザクを無視することに決めて、ルルーシュに告げた。
「……あ、異母兄上、異母姉上……」
最早言い逃れは出来ないのだと思い知らされて、ルルーシュは震える声で三人を呼んだ。
その言葉に、会場内にいた生徒たちは、ルルーシュたち兄妹が本当に皇族なのだと改めて思い知り、言葉がなかった。そんな中でルルーシュのクラスメイトであり、悪友でもあるリヴァルが、顔色の冴えないルルーシュを案じるように声を掛けた。
「ル、ルルーシュ……おまえ……」
掛けられた声に、ルルーシュはリヴァルを見た。その表情は何かを諦めた者のものだった。
「ルルーシュ様」
申し訳なさそうな声で、ミレイが胸の前で手を組んでルルーシュを呼んだ。
「アッシュフォード家のミレイ嬢だね。今までルルーシュたちのことを守ってくれていたこと、礼を言うよ」
ミレイは唇を噛んだ。
ミレイはそんな礼を言われるために、今までルルーシュたちを守ってきたわけではない。彼らが再び皇室に連れ戻され、利用されたり、害意に曝されないようにするためだ。決して皇室に戻すためではなかった。
「ミレイ、今まで世話になった。リヴァル、他の皆も、黙っていてすまなかった」
シュナイゼルたちから視線を外し、ミレイ、リヴァル、そして他の生徒会メンバーや会場内にいる生徒たちを見回して、ルルーシュはそう告げた。こうして三人もの上位皇族が来た以上、逃げ隠れは遅いのだと思い知って。
「ルルーシュ、僕が、僕のせいで……」
スザクが申し訳なさそうにルルーシュに声を掛ける。自分が何の考えもなしにルルーシュたち兄妹の傍にい続けたために、隠れていたルルーシュたちの存在を曝してしまったことを思い知らされて。
「……」
ルルーシュにはスザクに掛ける言葉はなかった。スザクが白兜のデヴァイサーだと知れた時に切っておけばよかったのだと、いまさらながらに思い至ったが、本当にいまさらだ。さらに言うなら、スザクが名誉となり、しかも軍人となっていたと知った時点で、縁を切っておくべきだったのだ。
「お兄さま」
「大丈夫だよ、ナナリー。俺がいる、俺はいつでもおまえの傍にいるから」
不安げに、初めて兄に呼び掛けた妹のナナリーに、ルルーシュはどうしても震えてしまう声で、それでも気丈に返した。
「心配することなぞ何もないぞえ。そなたらのことは、今度こそ妾たちが守ってみせよう程に」
「その通りだよ。僕たちも七年前とは違うからね。特にシュナイゼルは帝国宰相として、帝国の実質上のNo.2の地位を得ている。これからはもうあの時のようなことにはさせないから」
異母兄、異母姉の言葉が、ルルーシュの耳を通り過ぎていく。どうしてもあの七年前の出来事が、実の父にその生を否定されたことが、ルルーシュには心的外傷になってしまっているのだ。
だが事がここまで来たら、もう逃げることは叶わない。上位皇族三名直々の出迎えに、ルルーシュは諦めるしかなかった。
── The End
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