「俺たちは騙されてきたんだ、ずっと」
ブリタニアからの外交特使であるシュナイゼルたちとの会談を行っている会議室に、後からブリタニア人と思われる女性を一人伴って入って来た黒の騎士団事務総長である扇はそう叫んだ。
「俺たちを駒として。彼女もその被害者の一人だ」
そう言って、扇は傍らの女性を示した。
「その彼女、ブリタニア人よねぇ。どうしてブリタニア人があんたと一緒にいるのぉ?」
ラクシャータがのんびりした声で扇に問い掛けた。
「彼女は地下協力員だ」
「……あたしの記憶に間違いがなければ、その彼女、純血派の一人だったと思うんだけど、どうして純血派の彼女が地下協力員なんかになったの? それもブラック・リベリオンでの功績を買われて男爵に出世したような女が」
「純血派!?」
「純血派だって?」
ラクシャータの続く言葉に、会議室内にいた他の幹部たちが騒然となる。
「そ、それには色々と事情があって……」
「だからぁ、あたしはその事情っていうのを聞いてるのよ」
さらに続けられるラクシャータの問い掛けに、扇は言葉を探しながら口を開く。
「その、彼女は以前、怪我をしていたところを俺が見つけて助けたんだ。ところが意識を取り戻した千草は、千草っていうのは俺がつけた名前だけど、以前の記憶を失くしてて、それで俺の家に匿ってたんだ」
「匿うって、警察に届ければそれで済んだことではないのか、ブリタニア人なのだし」
千葉が疑問を投げ掛けた。
「そ、それはそうだが、千草が着ていたものから、彼女がブリタニアの軍人だというのに気が付いて、それで家に連れて帰ったんだ。記憶を失くしてるのが分かってからは、彼女を、外は危険だから家から出ないようにと説得して、ビデオで監視してた。いつ記憶が戻るか分からないから。
けどそんなことは杞憂で、千草はだんだん俺に心を開いてくれるようになって、それで、その、俺たちは……」
「関係を持ったっていう訳ぇ?」
「……」
ラクシャータの問いに、扇は是とは言えずに無言だったが、それが肯定するものであることは、その場にいた者には一目瞭然だった。
「それではおまえがやったことは婦女監禁・盗撮・強姦ではないか!」
思わず千葉が叫んだ。
「ち、違う! 千草は日本人になってもいいって言ってくれたんだ!」
千葉の叫びに扇は思わず叫び返した。
「記憶を失って親切にしてくれた男と懇ろになって、絆されちゃっただけなんじゃないのぉ。他に頼る相手がいないから、あんたに靡いただけで」
「そんなことはない! 千草は本心から俺のことを……」
「ブラック・リベリオンの時、アッシュフォード学園に設置した本部でおまえを撃ったのは、その女じゃなかったか?」
それまで黙っていた男性陣の中から、南が思い出したように告げた。
「それの何処が本心からおまえのことを想ってということになる? 扇、おまえが千草と呼んでいるその女は、言ってみれば、おまえしか頼る存在がいないと思い込まされて、一種のマインドコントロール下にあるのではないのか?」
千葉が一つの可能性を口にした。
その言葉に、ずっと不安そうな表情を浮かべていた扇が“千草”と呼ぶそのブリタニア人女性── ヴィレッタ・ヌゥ── は、ビクッと反応した。
「それとも、所謂吊り橋効果とかぁ」
「そんなことはない! 俺たちは真剣に互いを想い合って」
「ホントにそうなのかしらぁ。だったらなんでブラック・リベリオンの時にその彼女に撃たれちゃったわけぇ?」
「そ、それは記憶の混乱から……」
同じ女性からの扇の行動を非難する言葉に、ヴィレッタの心は不安にさいなまれつつあった。
今、自分が扇を想っているのは本心からなのか、それとも、と。
考えてみれば、ブリタニアでの出世を望んでいた純血派の自分が、一体どうして日本人に、イレブンになってもいいなどと思ったのか。それは扇に親切にされて他に頼る者もなく、流されてのことだったのではないか。ひいては今の状態も。そんな思いがヴィレッタの中で頭をもたげてくる。
それまで黙って様子を見ていた藤堂が重く口を開いた。
「その話は今はここまでにしよう。今のこの場は、これからのブリタニアとのことについての、ブリタニアの特使との話し合いの場だ」シュナイゼルの方を見て言葉を続ける。「いずれにしろ、我々は結論を出せる立場にはない。本隊の星刻総司令の意見を、ひいては超合集国連合最高評議会の結論を待たねばならない。よって、そちらの要請に関しての回答はそれを待ってのこととしたい」
事の成り行きを見守っていたシュナイゼルは鷹揚に頷いた。
「致し方ないでしょう。ですが、これだけは重ねて申し上げておきます。貴方方が指導者と仰ぐゼロは、私の異母弟であり、ギアスという異能を持つルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。これは間違いのない事実だということを。貴方方の賢明な判断をお待ちしています」
そう告げて、シュナイゼルは立ち上がり、コーネリアもそれに続いた。
ブリタニア勢が引き上げるのを見届けた後、藤堂は南に向けて告げた。
「南、扇を婦女監禁・盗撮・強姦の容疑で拘束し、私室に監禁しろ」
「はっ、はい!」
藤堂の言葉と、一瞬躊躇いながらもそれに頷く南の様子に、扇は慌てふためいた。
「な、何を言ってるんだ! 俺は何も悪いことなんてしちゃいない! それよりゼロを……!」
「ゼロのことは、この後に合流する総司令や神楽耶様たちと諮る。それよりもおまえの為した行為は、日本人男子として恥ずべき行為だ」
扇は南によって拘束され、会議室から連れ出された。
後に残されたヴィレッタは、己の気持ちは一体何処にあるのか、そしてこれからどうすればいいのか途方に暮れた。
「あんたには同情するわぁ。相手が悪かったわねぇ、よりにもよって扇が相手だったなんて。とりあえず、あんたのことも拘束させてもらわ。藤堂、それでいいんでしょう?」
「そうだな」頷いて千葉を見た。「千葉、そのブリタニア人を拘束、監禁しておけ」
「はっ」
どうしてよいのか分からぬまま、ヴィレッタは千葉に促されるままに会議室を後にするしかなかった。
「これから一体どうしたものか……」
藤堂はブリタニアから齎された情報と、扇のとった行動に結論を出せずに、ただ頭を悩ませることしか出来なかった。
── The End
|