兄 弟




 その日、ルルーシュは弟のロロと共にバベルタワーを訪れていた。目的は賭けチェスである。
 そしてその賭けチェスに興じ、相手を打ち負かした時、相手はルルーシュを否定した。すなわち不正を行った、でなければ自分が敗けるわけがないと。
 その時、それを見計らったかのように、テロリストによるバベルタワー襲撃が始まった。
 逃げ惑う人々。その中でルルーシュは一人のバニーガールに扮したイレブンの少女に手を引かれて走った。
「待ってくれ、どういうことだ!」
 走りながら問い詰めるも、少女は何も話さない。ただ何処かしら、何がしかの目的があって、ルルーシュを何処かへ導いているようだった。
 ルルーシュの脳裏を(よぎ)るのは自分が何処に連れていかれようとしているのか、ということと同時に、その際に別れてしまった弟のロロのことである。ロロは無事だろうかと、兄として弟の身の安全が頭を離れない。
 バベルタワーの地下に辿り着いた時、そこには一人の少女が待っていた。
 バニーガールの少女はその少女に後を頼むとさっと立ち去っていった。
 ライトグリーンの髪、琥珀色の瞳── その姿に、以前何処かで会ったことがあるような既視感がルルーシュを襲った。
「久し振りだな、私の魔王」
「え?」
 少女の呼び掛けに疑問に思う間もなく、ルルーシュは少女に手を引かれた。少女の顔が自分に迫り、何を、と思っているうちに、少女とルルーシュの唇が重なった。
 と同時にルルーシュの中に流れ込んでくる数々の場面、記憶の本流。
「思い出したか、ルルーシュ」
「C.C.、俺は……」
 ルルーシュは少女の名を呼んだ、C.C.、と。それはすなわち、ルルーシュの記憶が戻ったということを示していた。
 そんな二人の前に姿を現したブリタニアの軍人たち。ルルーシュとC.C.を狙う軍人たちに、ルルーシュは情け容赦なく思い出したばかりのギアスを使用して互いに殺し合いをさせた。ルルーシュの左の眼は朱に染まっていた。
 そんなルルーシュにC.C.は一つの小箱を差し出した。
 受け取った箱の中に入っていたのはコンタクトレンズ。暴走し、ギアスの朱に染まったままの左目を偽装するための特注のコンタクトレンズだった。
 その受け取ったコンタクトレンズをはめると、自分を助け出すために動いている黒の騎士団の残党とカレンを救い出し、無事にこの崩壊しつつあるバベルタワーから脱出するべく、ルルーシュは彼らに指示を飛ばし始めた。バベルタワーにやって来た総督のカラレス提督もろともにバベルタワーを破壊すべく。
 その一方で、ルルーシュの脳裏の片隅を弟であるロロの安否が締めていた。
 ロロは無事だろうか、途中で離れてしまったがこの騒ぎの中で怪我などしていないだろうか。自分と離れてしまったことで、不安に駆られてはいまいか。
 ロロという弟はルルーシュには本来存在しない。ルルーシュにとって血を分けた実の兄弟姉妹といえば妹のナナリーだけであり、ロロはブリタニアからルルーシュの監視のためにつけられた偽りの存在である。
 しかし何故か、ルルーシュの中でロロは実の弟だった。つまりその点に関してのみ、C.C.の記憶解除が不完全だったことを示している。それは、それだけルルーシュがロロのことを弟として思い慈しんでいた証なのかもしれない。
 バベルタワーの崩壊にカラレス総督を巻き込み、彼を死に至らしめ、それには何の感慨も持たなかったが、一方でこの崩壊にロロが巻き込まれてしまってはいないかと、ルルーシュの脳裏に不安が過る。
 しかしいつまでも崩壊現場にい続けることも出来ず、ルルーシュはC.C.と別れ、一人、学園に戻った。
 そこをヴィレッタ── 本来、機密情報局の人間であり、ルルーシュの監視のために学園に教師として入り込んでいる── に捕まり、体育の補修を受けさせられていたが、その途中、ルルーシュはヴィレッタの許可を受けてロロの携帯に電話を掛けた。通じることを願いながら。
『もしもし』
 携帯の向こう側で聞き慣れた弟の声がしたことに、ルルーシュは安堵の溜息を零した。
「良かった、無事だったんだな、ロロ」
『兄さん! 今一体何処に!?』
「俺は学園に戻ってる。バベルタワーのあの惨状ではおまえのことを捜し出すのも困難で、とりあえず学園に戻って情報を集めようと思ったんだ。そうしたらヴィレッタ先生に捕まって、体育の補修を受けさせられているんだが。けどロロ、おまえは無事なんだな?」
『うん、無事だよ』
「そうか、良かった。おまえを放り出してきてしまって済まなかった。けどおまえが無事で本当に良かった。早く学園に戻ってこい。俺におまえの顔を見せて俺を安心させてくれ」
『分かった、直ぐに戻るよ』
「ああ、待っているよ」
 携帯を切ったルルーシュは、補修の最中に電話を掛けさせてくれたヴィレッタに礼を言った。
「ありがとうございました、おかげでロロの無事が確認出来ました」
 心底嬉しそうなルルーシュの表情に、ヴィレッタはルルーシュの記憶はまだ戻ってはいないのかと考えた。
 ロロは現在、ヴィレッタの指揮の下、機密情報局の一員としてルルーシュの弟という立場で監視に当たっている一人だ。そのロロをこれ程までに心配しているということは、ルルーシュにとってロロはまだ実の弟として認識されているということ。つまり未だルルーシュの記憶は戻っていないことを示しているということになる、そうヴィレッタは判断した。
 その日の夕食の席、ルルーシュは重ねてロロに、バベルタワーではぐれてしまい、結果的におまえを置き去りにしてしまって本当に済まなかったと繰り返した。
「もういいよ、兄さん。こうしてお互いに無事を確認出来たんだから」
 そう答えるロロも、ルルーシュの記憶が戻っているとは思っていない。ルルーシュが本心からロロの身を案じていることが見て取れたからだ。ロロを実の弟と信じていない限り、そんなことは有り得ないのだから。
 だがヴィレッタやロロの思惑とは別に、ルルーシュの記憶は戻っている。
 一年前のブラック・リベリオンにおいて、神根島でスザクによって捕えられ、父である現ブリタニア皇帝シャルルの前に引き摺り出され、シャルルの持つギアスで記憶を改竄されて、この一年の間、自分ではそうと知らぬままに監視下に置かれていたことを今のルルーシュは知っている。
 だが何故か、ロロのことに関しては実の弟認識のままだった。それは兄としての愛情故なのか、それだけこの一年間のロロに対する情の為せる技か、ルルーシュにとって、ロロはこの8年の間、苦楽を共にしてきた実の弟として認識されたままだったのだ。
 ルルーシュがロロを実の弟と思い込んでいることで、ヴィレッタもロロもルルーシュの記憶は戻っていないと思い込んでいるのだが、そうではなく、単にルルーシュの思い込みにより勘違いしているだけなのだと思い知らされるのはそう遠くない。
 復活したゼロにより捕らわれの黒の騎士団が解放されるまでもう少し。

── The End




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