「枢木スザクです、よろしくお願いします」
教壇の上、クラス担任の隣に立つ名誉ブリタニア人はそう名乗った。
クラスメイトたちのスザクを見つめる瞳は冷たい。それはそうだろう、相手は本来弱者たるイレブン、それがイレブンの名を捨てて名誉ブリタニア人となった者。しかし純粋なブリタニア人からすれば、所詮はたかが名誉、本来のブリタニア人とは異なる、差別されてしかるべき存在。それが何故ブリタニアの学園たるアッシュフォード学園に編入などしてきたのかと、訝しむ者も当然いる。
アッシュフォード学園は他の学校に比べれば広く門戸を開いており、基本的にイレブンに対する差別意識も少ない方だと言える。しかし必ずしも、そこに在る学生全てがそうというわけではない。ましてやイレブンによるテロが頻繁に起こるこのエリア11では、その被害にあうブリタニア人も多く、どうしてもイレブンに否定的な者が存在する。
そういった意味で、クラスの者たちの反応は、ごく当然のものといえた。
そんな中、複雑な表情を浮かべてその編入生を見ている者が一名いた。
ルルーシュ・ランペルージ、現在のアッシュフォード学園高等部の生徒会副会長。しかし彼の本当の名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。七年前、ブリタニアの日本侵攻の前に、既に緊張関係にあった当時の日本に親善の為の留学生として、母が殺された際のショックから失明し、また足を撃たれて歩くことも出来なくなった妹のナナリー共々、いわば態のいい人質として送られ、日本侵攻において日本人に殺されたとされた存在。実はその直前に、亡き母マリアンヌの後見であったルーベン・アッシュフォードの手によって救い出され、今はランペルージと名を変えて生きている、ブリタニアの元第11皇子である。日本に送られた当時に滞在していたのが枢木神社、つまりは枢木スザクの元であり、最初の出会いこそ、スザクにいきなり殴りかかられるというものであったものの、その後、関係を修復し、ルルーシュとスザクは友人関係を築いた。ルルーシュにとって、スザクとは初めて得た友人、親友と言えるようになっていた。
しかし翻って今のルルーシュの立場から考えてみれば、スザクはどういう存在なのだろうか。
スザクは知っているはずなのだ。ルルーシュが母国ブリタニアを憎んでいることを。「ブリタニアをぶっ壊す」と告げた言葉を聞いていたはずなのだ。それがそのスザクが、今では名誉ブリタニア人。しかもただの名誉ブリタニア人ではなく、軍人なのだ。
日本最後の首相であった枢木ゲンブの嫡子でありながら、日本人であることを捨て、名誉とつくとはいえブリタニアに魂を売り渡したというのか。
しかもスザクの今回の学園への編入は、皇族の口利きだという。
名前までは聞いていなかったが、前日、皇族の口利きで名誉ブリタニア人が一人、ルルーシュのクラスに編入されると、生徒会長のミレイから聞かされていた。しかしそれがまさかスザクだとはルルーシュは思いもしなかった。
確かにスザクとはクロヴィスによるシンジュクゲットー掃討作戦の折りに出会っていて、彼がブリタニアの軍人となっていることは承知していたが、それがまさか皇族と知り合いとなり、その口利きで学園に編入してくるなど、どうして考えられただろう。
放課後、冷めた視線がスザクを射抜く中、ルルーシュはスザクが忘れていないことを願いながら、彼だけに分かる合図を送った。
それを目にしたスザクは一瞬目を見張った後、理解したかのように行動を取った。
校舎の屋上でルルーシュはスザクを待った。先程送った合図は、昔決めた、上で待つ、との意味。それをスザクが覚えていれば、程なく彼は姿を現すだろう。
そして思った通り。スザクが屋上に姿を現した。
それが嬉しくもあり、哀しくもあるルルーシュである。
スザクが自分を覚えていてくれた、かつての約束を覚えていてくれたのは純粋に嬉しい。しかしルルーシュの思いを知りながら、スザクが身を置く立場は。ルルーシュの意に反すること甚だしい。
「無事だったんだね、ルルーシュ」
「ああ、おかげでな。名誉ブリタニア人が編入生として入ってくるということは会長から事前に聞かされていたが、まさかそれがおまえだとは思ってもみなかったよ」
「ひょんなことから、副総督であるユーフェミア殿下と知り合って、学校に行っていないという僕のために殿下が話を通してくださったんだ、僕が学校に通えるようにって。幸い、僕が今所属している部署は、この前君と出会った頃にいた部隊じゃなくて、技術部に転属になって、比較的時間が取れる立場になったから、丁度いいって言ってくださって。優しい方だね、ユーフェミア殿下は」
「そうだな、彼女は昔から優しい娘だったよ」
「ねえ、ルルーシュ、……」
「スザク」
ルルーシュの名を呼び何かを言い掛けたスザクを遮るように、ルルーシュはスザクの名を呼んだ。
「俺は、俺たち兄妹は今はブリタニアの皇室から隠れている。アッシュフォードの庇護の元で」
「隠れて、って、どうして? 名乗り出ればいいのに。そうすればブリタニアの皇族として……」
「何を馬鹿なことを言っているんだ、スザク! 忘れたのか七年前を。七年前、俺とナナリーは死んで来いと日本に、おまえの家に預けられたんだ! そして死んだことにされた。それをいまさら、実は生きていましたと、どうやって名乗り出ろというんだ。仮に名乗り出たとして、皇室の中では後見してくれる者もなく、庶民出の母を持つ弱者としていいように利用されるだけ。また何処か他の国に人質として送られるか、よくて飼い殺しだ。ヘタをすれば殺されることだってありうる。そんなところへ一体どうして戻れる!?」
「あ……」
ルルーシュに告げられて、漸く当時のことを思い出したかのようにスザクは目を見開いた。
「ごめん、忘れてた」
スザクは俯いて小さく呟くように答えた。
「さっき言ったように、俺とナナリーはアッシュフォードに匿われている。だがそこにおまえが現れた。名誉ブリタニア人の軍人が、それも皇族の口利きで。それがどういう意味合いを持つか、分かるか?」
「意味合いって、別に何の関係も……」
「関係ないとおまえは考えているのか。皇族同士は互いに次の皇位を巡って対立している。自分以外の皇族の足を引っ張ろうと、隙をつこうと、何か弱点はないか、欠点はないかと探りを巡らしている。
ユーフェミアは確かに優しい、いい娘だ。姉のコーネリアに守られて、皇室の暗部を知らずに育った、皇室では珍しい部類に入る。だが、だからといって彼女の足を引っ張ろうとする存在がいないわけじゃない。彼女の後ろには、“ブリタニアの魔女”と異名をとる第2皇女コーネリア、このエリアの新総督がいる。ユーフェミアの足を引っ張ることが出来れば、状況によってはコーネリアを、リ家を追い落とすことが出来る可能性がある。
つまり、彼女の口利きで学校に通うようになった名誉ブリタニア人がいると知れれば、当然その名誉ブリタニア人の周囲を探ろうとする者がでてくるだろう。ユーフェミアを、ひいては、可能ならコーネリアを追い落とす材料を探すために、何かないかと。そうなれば必然的におまえの周囲にいるクラスメイト、すなわち俺も調べられることになる。ましてや親しい友人ともなればなおさらだ。それによって俺の正体が知れるようなことにならないと、どうして言える!?」
「それは……」
そこまで言われて漸く、スザクはルルーシュが何を危惧しているのかを理解し、顔色を変えた。
「俺がブリタニアという国の在り方を、父を憎んでいることをおまえは知っていたはずだな。
そして今のおまえは日本人であることを捨て名誉となり、その上軍人にまでなった。あまつさえ皇族と知り合いになり、その口利きで、他の名誉の軍人ならとても叶わない、学校に通うという融通を通してもらっている。
そんなおまえを、俺はもう友人とは呼べない、傍にいて欲しくない!
皇族の口利きで編入してきた、枢木スザクという存在自体を拒否することは出来ないが、友人としてのおまえを拒否することは出来る」
「そ、それはどういう……」
おどおどと、半ばルルーシュの言おうとしていることを察しながらも、スザクは尋ねた。
「おまえはもう俺の友人じゃない、知り合いでもない。今日初めて会った、皇族の口利きで学園に編入してきた名誉ブリタニア人。俺に近付くな、俺と知り合いだと他の奴らに悟られるな。俺はおまえとは赤の他人として貫き通す」
「ルルーシュ!」
半ば予想しながらも、ルルーシュの告げた内容に、スザクは思わず彼の名を叫んでいた。
「そんなふうに俺を呼ぶな! 俺はおまえを知らない、そしておまえも俺を知らない。ナナリーにも近づくな。俺もナナリーにはおまえのことは告げない。俺たち兄妹に決して近づくな! 俺たち兄妹のことを少しでも思ってくれるなら、俺たちのことは忘れてくれ! 俺が言いたいのはそれだけだ。
さよならだ、枢木スザク」
最後に別れの言葉を告げて、ルルーシュはスザクから身を背け、そのまま屋上から階下へ降りていった。
後に残されたのは、ルルーシュの言葉に呆然となったスザクだけ。
しかしそれでも、スザクの中にはどうしてそこまで、という思いがある。スザクはルルーシュの決意を、母国への、そして父への憎しみを甘く見ていたのだ。クラスの中にルルーシュの姿を見つけた時、スザクは正直嬉しかった。シンジュクで別れた後、ルルーシュが無事に逃げられたのか心配していた。無事な姿を見て安心した。そして同時に、また昔のように仲良くやっていけると思った。だがクラスメイトの反応に、自分の考えは甘いと、純粋なブリタニア人からすれば、名誉である自分は格下の存在だと突き付けられた。それでもルルーシュなら、と思った。彼とならば昔のように接することが出来るかもしれないと。その一方で、あまり近づかない方が互いのためになるかもしれない、との思いも少しはあったが、実際に別れの言葉を、赤の他人との言葉を投げつけられると、ショックだった。
だが、それがスザクが選んだ道の結果なのだということを、スザクは未だ受け入れられずにいた。ただ大切な友人を失ったという事実だけが、スザクの目の前に突き付けられたのだった。
── The End
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