神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンに大量破壊兵器フレイヤが投下され、帝都が消失したとの知らせに、超合集国連合との会談を切り上げてアヴァロンに戻ったルルーシュを待っていたのは、天空要塞ダモクレスから発せられた、シュナイゼルからの通信だった。
その通信の中、シュナイゼルに丸め込まれて取り込まれ、彼女自身はそうとは気付かずに傀儡とされたナナリーが、兄の真実に気付くこともなく、無情に決意も堅そうに告げる。
『お兄さま、スザクさん。私は……お二人の、敵です』
ナナリーの姿に、ルルーシュは息を呑んだ。
「……ナナリー、生きていたのか……?」
『はい。シュナイゼルお異母兄さまのおかげで』
ナナリーの答えにルルーシュは眉を顰めた。
シュナイゼルは最初からそのつもりで、ルルーシュに対する切り札としてナナリーを使う気でいたのだと気が付いて。
しかし肝心のナナリーは何も気付かぬまま、シュナイゼルの思惑に乗ったままルルーシュに言葉を投げつける。
『お兄さまもスザクさんも、ずっと私に嘘をついていたのですね。本当の事をずっと黙って……。でも私は知りました。お兄さまがゼロだったのですね』
「……」
ルルーシュはナナリーに返す言葉を持たなかった。それは紛れもない事実だったから。
そこへ突如として別の通信が割り込んできた。
『コーネリア! ナナリー! そなたたちは何ということをしてくれたのじゃっ!?』
『えっ?』
『母上!』
「アダレイド殿……」
ルルーシュが小さな声で画面の一部に現れた女性の名を呼んだ。
通信に割り込んできたのは、コーネリアの実母である先帝シャルルの皇妃の一人、アダレイドだった。
『コーネリア! そなたはこの母を裏切っただけでは飽き足らず、殺そうというのかえ!?』
『……そ、それは』
コーネリアがアダレイドのきつい問い掛けに対して答えにを窮した。
『ペンドラゴンにフレイヤを投下するなど、一体何を考えているのじゃ! そのために実家の本宅に行っていた妾は助かりはしたが、妾の両親は、そなたの祖父母は死んだのですよ!! それともその小娘が皇帝になるのには邪魔と、始末するために帝都にフレイヤを投下したのかえっ!?』
『ア、アダレイド様、な、何を仰っているのです。帝都の民は全員避難させたはずです。シュナイゼルお異母兄さまがそう……』
答えられずにいるコーネリアに変わるように、ナナリーが言葉を挟んだ。
『避難!? 冗談も大概にしていただきたいものじゃ! 妾と妾の両親は通信中じゃった! それが突然砂嵐の画面に切り替わり、どうしたのかと案じておったら、ペンドラゴンがフレイヤで消失したとの報じゃ! それの一体何処が避難していたというのじゃ! 直前まで妾たちは帝都の邸宅と領地の本宅とで通信しておったのじゃ! 憎らしや、この小娘が! ユーフェミアだけではなく、妾の期待を裏切り出奔したコーネリア、そなたは庶民腹のその小娘と一緒になって、実の母たるこの妾を殺すつもりだったのかっ!!』
怒りに頬を紅潮させ、結い上げた髪をふり乱し、目を吊り上げたアダレイドが叫び続ける。
アダレイドをはじめとするシャルルの皇妃たちは、ルルーシュの戴冠に伴い宮殿を辞し、その殆どが実家に戻っていた。とはいえ、その実家たる貴族も特権階級の既得権剥奪により、既に名前だけの存在と成り果てていたのだが。
それでも彼らが蓄えこんでいる富は膨大であり、ルルーシュはそれをどう取り上げようかと算段しているところだった。
『そんな、何かの間違いです、帝都の民は避難させたと……』
ナナリーが震える声で同じ言葉を繰り返す。
『何が間違いじゃ! 何が避難じゃ! 誰も避難などしておらぬわ!! 一体何処の誰が自国の帝都に大量破壊兵器を投下するなどという愚かな真似をすると思うてか! そなたのような庶民腹の小娘でもなければそのようなこと考えもせぬわ! 大方これで邪魔者たちを一掃するつもりであったのであろうがっ!!』
『違います! そんなつもりなんかありません!! アダレイド様は勘違いされておられるだけです! 帝都の民は避難させたはずです! シュナイゼルお異母兄さまはそう仰いました!』
叫び続けるアダレイドに対し、ナナリーは同じ言葉を叫び返すことしか出来なかった。
『誰も避難などしておらぬとさっきから申しておる! 自分で確認すらもしておらぬのか、この小娘が!』
アダレイドにとってみれば、ナナリーは死んで8年を経た今でもなお、憎らしい女の腹から生まれた憎しみの象徴たる娘に過ぎない。
そして自分がしたことを理解していない様子のナナリーに、益々怒りを強めていくだけだった。
『そなたの数多いる異母兄弟姉妹もその外戚も、皆そなたの投下したフレイヤのために死亡しておるわ! 妾のように生きている方が例外じゃ! 流石は軍人上がりの庶民腹の娘よ、人を殺すことを何とも思っておらぬ! コーネリア、そなたもじゃ! 軍人としてあるうちに身内を殺すことにすら躊躇いを覚えぬようになったか!!』
『皆死んだなんて、そんな、な、何かの間違いです、そうでなければ……』
アダレイドからの罵倒にナナリーは首を横に振りながら、ただ同じ言葉を繰り返すことしか出来ない。
自分を助けてくれたシュナイゼルが帝都の民を助けぬわけがない、助けられなかったとしたら、それは何かの手違いか、アダレイドの勘違いに過ぎないとナナリーは思い込んでいる。
そこには自分に嘘をつき続けていた、ルルーシュとスザクに対する非難も含まれていた。
ナナリーは自分を助けてくれたシュナイゼルをただ盲信し、自分で考えるということを、自分で確認するということを、知らず、放棄していた。もっとも確認しようにも、ナナリーは何の手立ても持ってはいなかったのだが。
しかし仮にも人の上に立とうと、皇帝を名乗ろうという存在がそれでいいのか。いいわけがない。何ら考慮することもなく人── シュナイゼル── の言葉を信じ込み、実際には不可能であったとしても何の確認作業もしないというのは、決して許されることではない。
しかしナナリーの根底には、自分は目も見えず足も動かぬ身体障害者であり、自分は甘えても許されると思っている節があった。自分は誰かに何かをしてもらって当然の存在なのだという考えが。そして自分を助けてくれる存在が、間違ったことをするはずがないという思い込みも。
だがアダレイドからすれば、そんなことはナナリーの勝手な思い込みであって、事実は事実として現前にある。アダレイドの両親は、親族は、後見してくれていた貴族たちは、そして数多の民は、彼女が憎み続ける女の娘と、自分を裏切った娘がしでかしたことによって死亡し、帝都が消失したのは間違いようのない現実なのである。
『ルルーシュ陛下! 一刻も早くその逆賊たちを処罰なさってくださいませ! 陛下にとっては血を分けた実の妹君でありましょうが、己が国の帝都を消失させ、数多の民を殺戮した者に違いはないのです! お願いいたします、どうぞ妾の願いを聞き届けてくださいませ』
「……」
アダレイドとナナリーの遣り取りをただ黙って見ているしかなかったルルーシュに、突然話を振られて、彼は一瞬返す言葉を見いだせなかった。
『陛下!』
アダレイドの再度の呼び掛けに、ハッとしたようにルルーシュは口を開いた。
「分かっています、アダレイド殿。私はブリタニアの皇帝として、為すべきことをするだけです」
『ありがとうございます』
先刻までナナリーと実の娘であるコーネリアを罵っていたアダレイドは、ルルーシュの言葉に安堵したかのように深い溜息を零し一礼した。
『陛下の仰られる通りじゃ。そなたたちは自分たちのしでかした過ちの報いを受けるのじゃ!』
アダレイドはルルーシュが二人── 彼女にはシュナイゼルは目に入っていない── を処罰してくれると信じて通信を切った。
それを受けたかのように、ルルーシュはナナリーたちに対して宣告する。
「ナナリー・ヴィ・ブリタニア、シュナイゼル・エル・ブリタニア、コーネリア・リ・ブリタニア、おまえたちが為したことはアダレイド殿が述べたように、自国帝都に大量破壊兵器を投下し、帝都を消滅させ、かつ、そこに暮らす数多の民を死亡させたことに相違ない。これ以上皇帝たる私に逆らいブリタニアに刃向かうというのであれば、私は全力をもっておまえたちを打ち倒すべく立つだろう。己らの為したことを今一度考え、速やかに武装を放棄して投降するならよし、さもなくば私はブリタニア全軍をもって、国家反逆者たるおまえたちと対峙する。猶予は48時間だ」
『お兄さま……』
嘘です、そんなことありません、確かにフレイヤを投下したけれど、民は避難させたはずですと、ナナリーの思考はそこで停止している。アダレイドの叫びは届いていない。
しかしアダレイドの憎しみと怒りは、間違いなくナナリーとコーネリアに向かっていた。たとえナナリーがそれを自覚していなくとも。
そして一方のコーネリアは、自分が妹のユーフェミアのことだけにとらわれて、実母を蔑ろにしていたことを思い知らされ、その母の怒りの先にある自分たちの立ち位置に打ちのめされていた。
── The End
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