当初からその場にいた者たちは、ただ目の前で行われている出来事に熱狂し見えていなかったが、TVで中継を見ていた者は不思議でならなかった。
何故、皇帝ルルーシュはゼロに殺されるという場面で、あれ程に満足そうな、綺麗と言っていい程の微笑みを浮かべていたのかと。
一般民衆もいれば、政治学者、政治家ら、立場の違いはあれ、同じことに疑問を抱いた者はそれなりに存在し、中にはその事実に首を傾げて研究しようとする者たちが現れた。
最初は小さなうねりでしかなかった。しかし、それは日を追うごとに、つまりは研究がされるにしたがって、大きなものとなっていった。
何故、ナンバーズ制度を廃止し、エリアの順次解放を告げ、皇族や貴族たちの既得権益を廃し、財閥を解体、税率の平等な見直しなどを行い、当初は賢帝と謳われたルルーシュが“悪逆皇帝”と呼ばれるようになったのか。
時間を遡って調べれば、その答えは簡単に見出すことが出来た。
現在の合衆国日本にある、アッシュフォード学園で行われた超合集国連合の臨時最高評議会において、連合への参加を表明した当時のルルーシュ皇帝に対して放たれた、最高評議会議長であり合衆国日本の代表でもあった皇神楽耶の一言が最初だったのだ。それまで、彼が“悪逆”などと言われるようなことは、何一つしていなかったにもかかわらず。
そしてその臨時最高評議会において、超合集国連合最高評議会── 厳密に言えば、議長の神楽耶だけの判断によるのだが── とその外部機関である黒の騎士団は、一国の、それも大国ブリタニアの君主たる皇帝、しかも超合衆国連合側が示した通りに、たった一人でやって来たルルーシュを閉じ込め、その上、黒の騎士団は本来ならばなんの発言権もないにもかかわらず、完全にルルーシュ個人を非難する発言をし、また、ブリタニアに対して内政干渉ともとれる発言を強硬に繰り返した。
その結果、ルルーシュの騎士たる枢木スザクの駆るKMFランスロットの登場となったわけで、その事象だけを鑑みれば、非はどうみても超合集国連合側、黒の騎士団側にあった。 そして時をおかずに犯された史上最大の大量虐殺事件。すなわちブリタニアの帝都であるペンドラゴンへの大量破壊兵器フレイヤの投下。
それはやがて天空要塞ダモクレスを要する、ナナリー・ヴィ・ブリタニアを皇帝とするブリタニアの元帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアと、それに加担した黒の騎士団の、対ブリタニア、対ルルーシュというフジ決戦を招いた。
その結果は最終的にルルーシュ側がフレイヤを無効化して、シュナイゼルたちを捕えて勝利をおさめ、ルルーシュはそれをもって世界征服を謳い上げた。
だがそれは事実なのだろうか。
確かにそれは証拠として当時の記録が残ってはいる。しかしルルーシュが目指したのは、本当に世界征服、己の野望の達成だったのだろうか。
フジ決戦の終結後、捕らわれた人々を処刑するためのパレードに、黒の騎士団が死亡を発表したゼロが現れ、ルルーシュはそのゼロの手にかかって果てた。
ここに矛盾が生まれる。
黒の騎士団が発表したゼロ死亡が事実であるなら、ルルーシュを手に掛けたゼロは偽物ということになる。しかしそのゼロが本物だとしたら、黒の騎士団は偽りを発表したことになる。
そもそもゼロとは何者なのか。
仮面で隠された顔、変声機で変えられた声音。分かっているのは、イレブン、つまり日本人ではないということだけだ。その事実は黒の騎士団の活動当初から分かっている事実である。
つまりゼロの仮面を被れば、そして同じ姿勢を示せば、それが誰であろうとゼロとなり得ることを示しているのではないか。
そもそもゼロは、ブラック・リベリオンの際に枢木スザクに捕らわれ、ブリタニアで処刑されたと発表された過去もあったのだ。
つまり最初からルルーシュを手に掛け、現在のブリタニア代表であるナナリー・ヴィ・ブリタニアの後見を務め、黒の騎士団のCEOであるゼロが、全て同一人物であるとは限らないことを示している。
それらの事実と、ルルーシュが死んだ後の世界の情勢を冷静に鑑み、研究を重ねていくうちに、何処からともなく“ゼロ・レクイエム”という名の計画の存在が浮かんでくるようになった。誰ともなしにその噂が世界を覆っていった。
そしてEUのうちのある国の大衆紙で公表された一枚の写真。
それはゼロの衣装を纏ったルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、黒の騎士団の団員たちに銃を向けられているものだった。
それが語るものは何か。
ゼロはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであったという事実にほかならない。
それからはルルーシュの生い立ちが研究され始められるようになった。そこで浮かび上がってくるのは、ルルーシュの母の死と、日本での人質生活、その後、ブリタニアの日本侵攻によりルルーシュとその妹であるナナリーは死亡したとされ、その消息は途絶えている。
だがそこで死なずに隠れて生き延びていたとしたらどうだろうか。母を殺し、自分たち兄妹を見殺しにした祖国ブリタニアを憎んでも致し方ない。寧ろ当然のことと言えるのではないか。
そして隠れ住まいしながら成長したルルーシュが、祖国に反旗を翻したとしても何ら不思議はないのだ。
だからゼロはブラック・リベリオンで捕まっても、実際には処刑はされなかった。何故なら帝国の皇子だったから。しかしどういうわけか彼は再びゼロとして起ち上がり、やがてエリア11だけではなく、世界を巻き込み超合集国連合なるものまで組織した。
しかし第2次トウキョウ決戦終息の際に、旗艦“斑鳩”を、特使として帝国宰相シュナイゼルが訪れたことをきっかけに、ゼロの正体が知れ、黒の騎士団は離反した。つまりゼロを裏切った。だから黒の騎士団はゼロの専用KMFである蜃気楼が敵に奪取されたと、その撃墜命令を出したのではないか。
だがどうにかその追っ手を逃れたルルーシュは、ブリタニアを外からではなく内から変えるために、実父である、かつて自分を捨てたシャルルを弑し帝位に就いた。
つまりルルーシュの目的としたものは、シャルル・ジ・ブリタニアを皇帝とする神聖ブリタニア帝国が国是とする、弱肉強食の世界の破壊だったのだ。
そして巷に流布するようになった“ゼロ・レクイエム”なるものが事実であるとするならば、ルルーシュはそれまでの悪の連鎖を断ち切るために、自分一人の命を懸けて、新しい世界を遺したことになるのではないか。
政治家、高名な学者、名も無い民衆の辿り着いた結論の殆どがそれだった。
自国の帝都に大量破壊兵器を投下して大虐殺を行った人間を代表としたブリタニア。
黒の騎士団を設立し、連合の土台を創り上げたゼロを裏切った黒の騎士団と超合集国連合の代表たち。
果たして、彼らに国のトップに立つ資格があるのか。
それらがマスコミを使って流される中、真実を知った気になった民衆は立ち上がった。連日の抗議のデモ行進、時に暴力をも伴った抗議活動。それらがナナリーが代表を務めるブリタニアだけではなく、フジ決戦当時、超合集国連合に加盟していた各国でも起こった。ことに顕著だったのは、黒の騎士団の母体となり、最初にルルーシュを“悪逆皇帝”呼ばわりした神楽耶が代表を務め、黒の騎士団において事務総長という重責にあった扇要が首相となった合衆国日本である。
連日のデモや抗議活動は、経済と治安の悪化を招き、超合集国連合に加盟していた国の多くは、自分たちが認めての黒の騎士団のフジ決戦参加ではない、自分たちの意思で行われたことではないと、それを表明するかのように、まるで櫛の歯が抜けるように連合を脱退していった。
一時は世界の殆どをその組織に組み入れいていた超合衆国連合は、態をなさなくなりつつあった。
ルルーシュは自分たちを裏切り、駒として、戦争をゲームとしていたのだと、合衆国日本の首相である扇は最後まで抵抗していたが、国会での賛成多数により辞任を余儀なくされた。 一方、ブリタニアの代表であるナナリーは、ペンドラゴンにフレイヤを投下した際、実はペンドラゴンの民衆は避難などしていなかったのだと、今になって漸く悟り、自分の犯した罪を自覚した。確かに兄であるルルーシュはギアスという異能を使い人を操ったかもしれない。しかし、知らなかったとはいえ、ペンドラゴンに住んでいた人々を抹殺したと言いっていい自分に兄を否定することが出来るのだろうかと、いまさらのように考え、また、民衆の自分に向ける悪意、憎悪に震えた。
悪化していく政情に、ナナリーは代表の座を明け渡さざるを得なかった。それしか道はなかった。とはいえ、代表の座を引いたからといってナナリーに生きていく術があるのかといえば、それもまた大いなる疑問である。目は見えるようになったとはいえ、歩くことの出来ない身体障害を抱えた、本来ならまだ庇護されるべき年齢の、しかし大量虐殺を働いたかつての皇女を一体何処の誰が受け入れるというのだろう。
そしてまた、人々の憎しみは、本来のゼロであったルルーシュを殺した現在のゼロにも向けられていた。
超合集国連合はその機能の殆どを失い、態を失った。そしてナナリーは表舞台から姿を消していずこへともなく姿を消した。そのナナリーの後見をしていたこともあってそれに付き添ったのだろうか。ゼロは噂に上っていた“ゼロ・レクイエム”を認める発表を行い、しかし自分が何者であるかは語ることなく、あくまで仮面の存在として、ナナリーと共に人々の前から姿を消していった。
「超合集国連合も解体、か……。その上、ナナリーやあいつも行方知れずとはな」
TVを見ていた漆黒の髪の少年が呟いた。
「あそこまでバレたんだ、仕方ないだろうさ」
ライトグリーンの髪をした少女が答える。
「けど、なんであれがバレたんだ?」
首を捻る少年の姿に、少し離れてテーブルについていた青い髪と顔の半分を覆う不思議な仮面をつけた青年と、彼の隣に座る白衣をまとった科学者らしき人物が苦笑を漏らした。
「嘘はいつかはバレるということだろうさ」
少女の言葉に、少年以外の数名の男女が頷きあった。
── The End
|