不 信




「それが何だというのです? 我々はゼロを系譜ではなく、起こしてきた奇跡によって従っているのですから」
 第2次トウキョウ決戦において、一時的停戦状態になったのを見計らって黒の騎士団の旗艦“斑鳩”を訪れたシュナイゼルの、ゼロの正体が彼の異母弟(おとうと)であり、ブリタニアの元皇子であること、またギアスという力の存在を告げた言葉に、ディートハルトはそう返した。
 会談の途中でその場に入って来た事務総長の扇は、一人のブリタニア人女性を従え、ゼロを責めた。
「ゼロはペテン師だ! ゼロはずっと俺たちを騙していたんだ。俺たちを駒として」
「証拠ならあります」
 シュナイゼルは、枢木神社でのルルーシュとスザクの遣り取りの一部を再生して聞かせ、さらにシュナイゼルの副官であるカノンが、ルルーシュからギアスを掛けられたと思われる人々の資料を提示していく。
 その資料の最初の方にあった片瀬少将らの存在に、藤堂は愕然とした。
 誰もがシュナイゼルと扇の言葉に引き込まれていく中、ディートハルトだけが冷静だった。
「不思議なものですね、シュナイゼル殿下。貴方は先程証拠として録音されたものを再生されましたが、それが本当にゼロの声なのかどうか、我々は知る由がない。彼はずっと声を変換していて肉声を聞かせたことがありません。つまり貴方が示したそれが、真実ゼロと枢木の遣り取りであるという証拠は何処にもありません」
「千草が証人だ! 千草はずっとゼロであるルルーシュに利用されてきた」
 ディートハルトの言葉に扇がくってかかる。
「貴方はその女性を地下協力員だと仰るが、私はブリタニアの純血派、それもブラック・リベリオンで、ゼロ捕縛に功績ありとして男爵位を拝命した女性の言葉を信じることは出来かねます」
「純血派だと!?」
「ブリタニアの男爵?」
 今度はディートハルトの言葉に室内が騒然となる。
「仮にゼロに貴方の仰るギアスという力が本当にあるとして、それが彼女に掛けられていたとしても何も不思議には思いませんよ。敵を取り込むのには最も効果的です」
「それが敵に対してだけ使われるならばな」
 扇が憎々しげにディートハルトに返した。
「では私たちにも……」
「その可能性はあります」
 千葉の不安そうな声にシュナイゼルは首肯した。
「それはおかしな話ですね。もし私たちにギアスが使われているなら、今ここでそのゼロを疑うはずがないではありませんか」
「!?」
「私がゼロでありギアスという力を持っていたとしたら、まず貴方方に対して、全て自分に従うようにと掛けます。ですが、貴方たちは実際にはシュナイゼル殿下と扇の言葉に、ゼロに対して不安を抱いている。それはつまり、貴方たちにギアスが掛けられてはいないことを証明していると、そう言っていいのではありませんか?」
「それは確かに……」
「だがそういうおまえはどうなんだ? おまえがゼロにギアスを掛けられているということは……?」
 玉城が不安そうにディートハルトに問い返した。
「私は先刻捕虜が逃亡したと聞いた時、そちらにいる」扇の後ろに立つヴィレッタを顎で示した。「彼女だと思いました。ところがそれはコーネリア皇女殿下だった。それは私にも知らされていないことでした。そのことに、ゼロはもう少し私を信用してくださってもよいものを、と不信を抱いたばかりです。シュナイゼル殿下たちの言うギアスが私に掛けられているなら、そんな不信も抱かないはずです。つまりゼロに対して不安や不信を抱く時点で、それを抱いた者たちは、ギアスには掛けられていないということなのですよ」
「だがそれではユフィはどうなる! 特区虐殺はゼロがやらせたことだぞ!」
 ディートハルトの言葉を聞いていたコーネリアが、自分たちの言い分全てを否定されたことを受けて怒鳴った。
「その証拠は? 貴方方が証拠として示したものは、全て貴方方にとって都合のいいものばかり。つまりそれが本物であるか否か、私たちは確認しようがないということです」
「私たちが提示した証拠は、私たちが都合のいいように捏造したものだと?」
 シュナイゼルは内心は多少揺らめきながらも、それを見せずに冷静に対応した。
「そうです。それが本物か否か、それを見極められる者はここにはいない。もしかしたら本当のものであるかもしれないし、捏造されたものであるかもしれない。それを示すことが出来るのはゼロ本人です。
 そしてそのゼロですが、シュナイゼル殿下、貴方はゼロが貴方の異母弟(おとうと)であるルルーシュ殿下だと仰った。もしそれが本当であるなら、私は寧ろ当然のことと受け止めます」
「どういうことだ、ディートハルト?」
 わけが分からないというように千葉がディートハルトに尋ねた。
「ルルーシュ殿下は、8年前、母君であるマリアンヌ皇妃を暗殺された後、身体障害を負った妹君と二人、緊張状態にあった当時の日本に、いわば人質として送られてきました。そしてブリタニアは、殿下たちがいるのを承知で日本への侵攻を開始した。つまりブリタニアはルルーシュ殿下たちを捨て駒として見捨てたわけです。そんな母国をルルーシュ殿下が憎まない道理はない。死亡と報告され、ブリタニアでは悲劇の皇族として有名ですが、もし無事に生き延びて成長していたら、いつか自分たち兄妹を見捨てた母国に対して反逆を考えたとしても、何ら不思議はないということです」
「つまり、ゼロが帝国の皇子だったとしても、帝国に反逆する理由があったと……?」
「そういうことです」
 藤堂の言葉にディートハルトは頷いた。
「だからといって私たちがお持ちした資料が、全て私たちが捏造したものであるということにはなりませんでしょう?」
 カノンがなんとかして黒の騎士団の幹部たちを、自分たちの思惑に引き摺り込もうと声を挟む。
「ですからその証拠が捏造されたものか本物か、分からないと申し上げているんです。そうである以上、貴方方の言い分の全てを納得出来るはずがないということです」
「だからそれは千草が証人だと言っている!」
 扇はディートハルトの言葉を否定するように怒鳴った。
「そのことに関しては先程申し上げました。ブリタニアの男爵位を持つ人物を地下協力員とは信じられません。ましてや彼女は、私しか知りませんでしたが捕虜だったのですよ。その捕虜の言い分を完全に信じることは出来ませんね。寧ろ貴方が言う地下協力員だということの方が怪しい。貴方の方が、彼女に上手く丸め込まれているのではありませんか?」
「そんなことはない!」
 侮辱されたと思ったのか、扇は顔を怒りで赤くして怒鳴り返した。
「貴方しか知らない地下協力員を一体どうやって信用しろと? それ以前に、ブラック・リベリオンで貴方を負傷させ、本部を混乱に招いたのが彼女ではありませんでしたか? それが彼女を男爵に昇進させた理由。当時も貴方は彼女を地下協力員だと言っていましたが、貴方を負傷させ本部を混乱させるような協力員が一体何処にいます?」
「あの時の千草は記憶が戻ったばかりで混乱してたんだ! だから……」
「記憶が混乱? 記憶喪失だったということですか? それではなおさら貴方の言う地下協力員という言葉は信じられませんね」
 ディートハルトの言葉に、幹部たちの不信に満ちた視線が一斉に扇とその後ろにいるヴィレッタに向かう。
「……」
 内心を表に出しこそしないものの、自分の思惑通りに事が運ばないことに、シュナイゼルは苛立っていた。それは、特区の虐殺をゼロの仕業だということを黒の騎士団幹部たちに認めさせられないコーネリアも、シュナイゼルの副官であるカノンも同様だった。後の二人はシュナイゼル程に内心を隠し通せてはいなかったが。
「藤堂さん、どう判断されます?」
 ディートハルトが藤堂の考えを確かめるように尋ねた。
「……シュナイゼル宰相、貴公らの持って来た情報、資料の全てを信用することは、俺には出来ない。扇、おまえもだ。おまえ以外の誰も知らない、ましてやディートハルトが捕虜だと言っているブリタニア人女性を、地下協力員とはみなせない。
 それに冷静になって考えてみれば、我々はあくまで超合集国連合の外部組織であり、決定を下せる立場にはない。
 貴公らの持ってきた資料は連合の最高評議会に提出し、今後の判断を仰ぐことになるだろう。ただし、フレイヤによる被害を考慮して一時停戦はやむを得ないと判断し、それは受け入れる。後は神楽耶様をはじめとした最高評議会が決定することだ」
 藤堂は苦汁の表情を浮かべながらそう答えるしかなかった。
 シュナイゼルの提示した資料を一方で信じながら、これまでの自分たちの、ゼロの行動を否定することもまた出来ない。どちらつかずの結果、自分たちが外部機関であり、最終決定権を持っていないことを幸いと思いながらシュナイゼルに告げた。
「……致し方ありませんね。この場は一時停戦を受け入れていただけただけで良しとすべきなのでしょう」
 言いながらシュナイゼルは立ち上がった。
異母兄上(あにうえ)!」
「仕方ないよ、コーネリア」
 怒りの表情を隠さないコーネリアを窘めるようにシュナイゼルは声を掛けた。
「彼らの言うことは、彼らの立場を考えればもっともなことだしね」
「ご理解いただけたようで嬉しいですよ、シュナイゼル殿下」
 ディートハルトは会議室を出ていこうとするシュナイゼルたちにそう声を掛けた。
 その様を見送りながら、藤堂は千葉に声を掛けた。
「千葉、扇とそのブリタニア人を軟禁しておけ」
「藤堂さん! 何を考えてるんだ!? 俺たちはシュナイゼルの言うようにゼロに騙されて……」
「黙れ扇! おまえしか知らないそのブリタニア人を何処まで信用出来ると言うんだ!」
「そ、それは……」
 答えを持たない扇と黙って立っているヴィレッタを、千葉は部下を呼んで会議室から連れ出した。
「なあ、俺たち、ゼロを信用していいんだよな?」
 不安そうに、玉城が藤堂に、そしてディートハルトに尋ねる。
「もちろんです。かつてキョウト六家の桐原翁は、ゼロの正体を知りながら支援をしてくれていました。それはゼロの正体を知り、そしてそれが信頼に足る人物だと、亡くなられた桐原翁が判断されてのこと。それを忘れてはなりません」
 そうだったと、いまさらながらにディートハルトの言葉に桐原翁の言葉を思い出す藤堂だった。

── The End




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