神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは多忙を極めている。
ルルーシュの父である第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの下、ブリタニアは軍略によってその版図を広げた。そしてナンバーズ制度を施いて植民地、すなわちブリタニアのエリアとなった国とそこに住む人々を番号で呼び、弱者として虐げていた。
それらの全てをルルーシュは否定している。かつての国是である弱肉強食は否定され、ナンバーズ制度は廃止され、全ての人々が平等な人権を保障されている。とはいえ、それはまだ法律の上だけの話で、人の意識改革という観点から見ればまだまだその道のりは遠い。それでもルルーシュは、未だ20歳前という若き皇帝であり、“優しい世界”を創り出すべく、日々忙しくともそれを苦とも思わずに過ごしている。
それを黙って見過ごしていられないのが周囲の者たちだ。多忙を極めているからこそ、そしてそれが長く続くだろうからこそ、一日のほんの一時でもいい、息抜きをしてもらいたいと、周囲の者たちは画策し、日に一度、皇帝であるルルーシュを必ず茶会を開いて出席させている。
茶会の開催、出席率が高いのは、かつて命懸けでゼロであったルルーシュを黒の騎士団の裏切りから救った義弟のロロと、幼い頃は仲が良かったとは決していえない異母妹のカリーヌだった。
カリーヌは、ルルーシュの実妹であるナナリーに反発していた。それは優しい異母兄を実妹ということでほぼ独占していることに対してであった。カリーヌはルルーシュに対して憧れを抱いていたが、ナナリーの存在によってあまり近づくことも出来ずにいたのだ。もっともそれはナナリーの存在だけが原因ではなく、ルルーシュたち兄妹の母であるマリアンヌを嫌っていたカリーヌの母親の存在もその一因ではあったが。だからというわけでもなかろうが、幼い頃に出来なかった分を取り戻そうとするかのように、カリーヌはルルーシュと接触の機会を作り出している。
「今日は遅いのね、ルルーシュお異母兄さま」
「超合集国連合の代表との会談が長引いているらしい。でも遅くなっても必ず出席するから、ってジェレミアを通して連絡があったから、きっと来てくれるよ。兄さんは、約束は決して破らないから」
「そう、なら待っていましょう」
ロロの言葉に、それならばルルーシュはきっと来てくれるだろうと、今度は安堵の息を吐き出すカリーヌだった。
「ねえ、ロロ」
「何?」
「今頃になって何だけど、改めて貴方にはお礼を言うわ」
「?」
唐突なカリーヌの言葉に、ロロは首を傾げた。
「何のこと、って顔してるわね。もちろん貴方がルルーシュお異母兄さまを助けてくれたことについてよ。他に何かあって?」
「ああ、そのこと。でも今になって何で?」
今となっては過去の一つとなってしまっている事柄を持ち出したカリーヌに、ロロは不思議そうに尋ねた。
「今までにそのことでお礼を言ってなかったなぁって気が付いて。貴方がお異母兄さまを助けてくれなかったら、今頃こんな風にお茶会を開いたりなんて出来なかったでしょ。だから一度きちんと言っておこうと思ったの」
「気を遣わなくていいのに」
「気を遣ってるわけじゃなくて、私の気持ちを言っておきたいと思ったのよ」
今日の茶会は、ルルーシュの他には── 彼の騎士であるジェレミアは別として── 珍しくロロとカリーヌの二人だけだった。だからカリーヌはルルーシュを待って二人きりの席で改めてロロに礼を言い出したのだ。
「それにしてもあれよね、ナナリーは馬鹿よね」
そしてルルーシュがいないからこそ話題に出来ることもある。
「そうだね、あれだけ兄さんに思われていながら信じるこことが出来ないなんて、一体兄さんの何を見てたんだろうって思うよ。あ、視覚的な意味じゃなくてね」
「分かってるわよ。でも本当にそうよね。ずっとお異母兄さまに世話をしてもらって、それで二人で七年も生きてきたっていうのに、簡単にシュナイゼルお異母兄さまに騙されて裏切って。恩知らずにも程があるってものよ」
「裏切りって言えば、枢木もだね。勝手に兄さんに自分の理想を押し付けて、それを違えたからって裏切ったってばかり言ってた。裏切ったのは奴の方が先だったのに」
「そうよね。あのユーフェミアお異母姉さまの騎士に任命されていながら、その主の傍にいないで学校に通ってたなんて、騎士にあるまじき行動してる人間が言うことじゃないわよ。その頃って、お異母兄さまが皇室から隠れて生活してた頃でしょう? それを知っていながら騎士となってもお異母兄さまの傍にい続けられる神経が分からないわ。自分がお異母兄さまの傍にいることで、お異母兄さまのことが周囲に知れてしまう可能性があることにも気付いてなかったってことでしょう?」
「そんなこと考える頭持ってなかった人だったと思うよ」
「まあ、あのユーフェミアお異母姉さまが選んだ人だから、ある意味たかが知れてるっていえばそれまでだけど」
「ユーフェミア皇女って、例の“行政特区日本”を上司である総督にも何の相談もせずにいきなりマスコミ通して発表しちゃったんだよね」
「そうよ。イレブンのためにって。あんた一体何処の国の皇女よ、って当時の皇室じゃ避難轟轟だったわ」
「結局、あの特区は兄さんのギアスが暴走したのが原因で、虐殺が起きて失敗に終わっちゃって……。兄さんは今でもあの人に済まないって思い続けてるけど」
「ユーフェミアお異母姉さまはコーネリアお異母姉さまに庇護され続けて、このブリタニア皇室の闇も何も分かってないお目出度い人だったわ。ある意味、この皇室では珍しく純粋だった人よ。私に言わせればただの世間知らずの馬鹿な人だけど」
「世間知らずの馬鹿はナナリーもでしょう。ある意味枢木もそう言えるかな。思い込んだら一直線、的な人だったし」
「そんな馬鹿ばっかりに囲まれて、ルルーシュお異母兄さま、よく耐えられたと感心するわ」
「ナナリーに対してはシスコンフィルターかかってたからだと思うよ。枢木には、初めての友人っていうフィルターかかってたんじゃないかな」
「お異母兄さま、疑い深い割に、一度懐に入れちゃうとすっごく甘くなる方だから」
「うん、それは僕自身も実感してる」
「貴方が言うと真実味が増すわ。まあ、私もそんなところあるけどね。だって昔は、子供の頃はこんな近くにはとてもいられなくて、遠くから眺めてるだけだったし」
「ナナリーが羨ましかった?」
「ええ。だからこそ余計に憎いのよ。怒ってるのよ、あの娘のとった行動に」
そう言ってカリーヌが拳を握りしめた時、ロロの携帯からメール着信のメロディが流れた。
ロロが携帯を取り出し画面を見る。
「兄さん、会談が終わったからこれから執務室を出るって」
ロロの言葉にカリーヌは嬉しそうな笑顔を零した。
「じゃあ、改めてお茶の用意をしなおしましょう。それから、今まで話してた内容はお異母兄さまには内緒に、ね」
ウインクしてそう告げるカリーヌに、ロロはもちろん、というように頷いた。何故なら今まで二人の間で話題に上っていた人物たちは、ルルーシュを前にしたら禁句になっている存在だからだ。
彼女らの存在がなければ、今のルルーシュはいなかったろう。けれどその存在がなかったら、ルルーシュが苦しむことも苦労を背負い込むことも、そして後悔し続けることもなかったのだ。
だからカリーヌは彼女らの存在を憎みながらも、同時に感謝している部分があるのも否めない。彼女らの存在があったからこそ、現在のカリーヌはかつてのナナリーの位置にいることが出来るのだから。そしてそれはロロも同様だった。
ルルーシュを大切に思う者たちにとって、彼女らのことは禁句となっているが、現在のルルーシュを、そしてブリタニアを生み出す原動となった存在でもあり、中々に難しい位置にあるのだ。
そんな彼女らのことを話していたことを忘れたように、カリーヌとロロはこれからやって来るルルーシュとその騎士であるジェレミアのために、新しいお茶の用意をし始めた。もしかしてC.C.も来るかしら、と頭の片隅で思いながら。
── The End
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