信 頼




 黒の騎士団トウキョウ方面軍とブリタニア軍が対峙する中、スザクは新兵器である大量破壊兵器フレイヤを放った。それは政庁を中心にしてトウキョウ租界に大きなクレーターを作り、数多(あまた)の犠牲者を出した。それも本来守るべきブリタニア人の。
 間一髪、シュナイゼルの機転でフレイヤの被害を免れたナナリーは、今はブリタニア軍の旗艦であるアヴァロンの中の一室にいて、シュナイゼルと向き合っていた。とはいえ、ナナリーの閉ざされたままの瞳にシュナイゼルの姿が映ることはないのだが。
「お兄さまが、ゼロ……?」
「ああ、そうだ。非常に残念なことだけれど、ルルーシュがゼロだったんだ」
 シュナイゼルは同じ言葉を繰り返した。ナナリーの兄であるルルーシュこそが帝国への反逆者、黒の騎士団の指令であるゼロであるのだと。そしてシュナイゼルは、そんなルルーシュと対決する姿勢を取ることをナナリーに求めた。
「……」
 ナナリーには即答は出来なかった。半分は、シュナイゼルの言う、ゼロがルルーシュであるということを否定したかったからであり、そしてまた、シュナイゼルの言うこと全てが真実であるとは限らないという思いが頭を(よぎ)ったからでもあった。
「……暫く考えさせてください」
 時を置いて、ナナリーはシュナイゼルにそう答えを返した。
 その答えはシュナイゼルにとっては想定内だったのだろう、彼はゆっくりと座っていたソファから立ち上がった。
「直ぐに答えを出せと言うほうが無理なのは分かっている。急がないから十分に考えて返事をおくれ」
「……はい……」
 シュナイゼルが部屋を出ていく足音を、扉を開け閉めする音を耳にしながら、ナナリーはシュナイゼルから告げられた内容を今一度思い出して考えに耽った。
 ゼロはルルーシュ。
 だから異母兄(あに)であるクロヴィスを殺したのはルルーシュ。
 ルルーシュはギアスという異能を持ち、その力で人を操っている。
 かつての“行政特区日本”の悲劇もユーフェミアではなくルルーシュにそもそもの原因がある。
 ルルーシュにとっては異母妹(いもうと)、ナナリーにとっては異母姉(あね)にあたるユーフェミアを殺したのはゼロであるルルーシュ。
 おそらくシュナイゼルの告げた内容に嘘はない、そうナナリーは思った。シュナイゼルに触れてみたわけではないから感情を読み取れたわけではないが、シュナイゼルが偽りを言う必要性はないし、嘘をつく理由もない。だからシュナイゼルは真実を告げたのだと思った。ただし事実だけを。
 ただ、何故ルルーシュがゼロになったのか、帝国に反逆の狼煙を挙げたのか、それがシュナイゼルの言葉にはなかった。
 ナナリーの疑問は、ゼロであるルルーシュが為した事実ではなく、ルルーシュがゼロとなった原因である。何が兄をそのような道に走らせたのか。それが大きな疑問となってナナリーの中で膨れ上がる。
 ナナリーは母であるマリアンヌが殺され、兄であるルルーシュと共に日本に送られ、やがてブリタニアからの宣戦布告により、日本とブリタニアが開戦して日本が敗戦した後、皇室から隠れてアッシュフォード学園で過ごしていた頃のことを思い出してみた。
 ルルーシュは自分たち兄妹を見捨てたブリタニアを、皇帝を憎んでいた。同時に、皇室に見つかるのを恐れていた。
 何故恐れていたのか。
 ブリタニアの国是は弱肉強食。弱い者には生きる資格はない。皇帝の寵を受けていたマリアンヌ亡き後、後見も失い、宮廷の中では皇族とはいえ弱者となってしまった自分たち。そんな弱者となった自分たちに未来はない、ことに身体障害を負っている自分には。そう思ったから、兄は皇室から逃れる道を、隠れることを選んだ。
 それなのにクロヴィスを殺し、自分がクロヴィスを殺したと告げるためにゼロとして仮面で顔を隠した状態ではあったが姿を現した。
 理由は?
 あの時は、自分たちにとって、初めてといっていい友人である幼馴染の枢木スザクがクロヴィス殺害の容疑者とされていた。
 ルルーシュがゼロとして、クロヴィスを殺した者として姿を見せたのは、スザクを救うためだ。それ以外に理由が見当たらない。それまで関わりを持たなかったクロヴィスを殺すに至った理由は分からないが。
 そしてルルーシュがゼロとなったきっかけは別にあるはずだ。スザクを救うためだけならば、あの最初の時だけで良かったはずだから。
 ルルーシュが求めたものは一体何だったのか。何がルルーシュを反逆の道へと走らせたのか。
 そう考えて、ふとナナリーの頭にある一言が思い浮かんだ。
『優しい世界』
 ルルーシュに何を望むかを聞かれた時に答えた言葉。
 もしかして自分が告げたその言葉が、ルルーシュをゼロと為したのではないのかと、ナナリーは確信はなかったもののふいにそう思った。
 弱者である自分たち兄妹。けれど弱者とか強者とか関係なく、幸せに生きることの出来る世界、それを望んで、それを手に入れるために、ルルーシュはブリタニアと対決する道を選択したのではないのか。あの優しい兄は、いつも自分のことよりナナリーのことを、その気持ちを優先してくれていたから。
 それしかルルーシュがゼロとなったきっかけが思い浮かばなかった。
 もしそれが本当ならば、優しい兄であったルルーシュを帝国への反逆者たるゼロと為したのは、他ならぬ自分ということになると、ナナリーは思い至った。
 そんなルルーシュに、ゼロに、自分は何をした、何を言った? ナナリーはそれを思い返した。
 自分はゼロを、そのやり方を否定した。あの頃のルルーシュにはそれしか方法が選択出来なかったのだろうに。
 ルルーシュがゼロとなった理由に、そしてそのゼロを否定した自分に思い至って、ナナリーは軽い恐慌を来たした。
 自分が原因だった、自分の言葉がルルーシュを狂気に走らせた。悪いのは自分だ、自分の何気ない言葉にあったのだ、ナナリーはそう理解した。
 そこまで考えて、自分にルルーシュを責める資格はないとナナリーは思った。ルルーシュの行動は常に妹である自分を思ってのものだったのだから。
 自分という存在が、ルルーシュに戦いの道を選ばせたのだと、その考えに思い至った以上、シュナイゼルの言葉に従うことは出来ないとナナリーは思った。
 ルルーシュを戦いの道へ踏み入れさせたのが、自分の言葉に、望みにあったというなら、これ以上ルルーシュを否定する行動は取れない、取ってはいけない、それはルルーシュを否定することに繋がる。
 以前のルルーシュを信じるならば、いつも自分よりナナリーのことを優先していたルルーシュを信じるならば、ルルーシュがナナリーの望まない道を選択するはずがない、全ての元凶は自分にあったのだ。
 ナナリーはそこまで考えるに至って、これ以上ルルーシュを裏切るような真似は出来ないと、シュナイゼルに「否」の言葉を伝えるために電話に手を伸ばした。

── The End




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