幸せ求めて




 意識が戻った時、目の前にはC.C.がいた。
 自分はこの共犯者をおいて、彼女の望みを叶えることなくゼロとなったスザクに刺されて死んだはずなのに、どうして今自分は生きていて、なおかつC.C.が目の前にいるのか分からなかった。
「おい、いい加減戻ってこい、ルルーシュ」
 顔を覗き込んでくるC.C.に、ルルーシュは漸くそこがバベルタワーの中だと知れた。黒の騎士団の残党が、ゼロである自分を救い出し、記憶を取り戻させるための作戦を実行中なのだと知った。
 数瞬でルルーシュは我に返り、事態を把握した。
 何がどうしてこうなっているのかは分からないまでも、自分は記憶を持ったまま、時を遡ったのだと。



 アッシュフォード学園の、起居しているクラブハウスに戻ったルルーシュは、これから先如何したものかと考え込んだ。
 今のルルーシュには、それ以降の自分が死ぬまでの記憶がある。
 その記憶の中、ルルーシュは黒の騎士団の日本人幹部たちの裏切りにあい、シュナイゼルに売られたのだ。殺されそうになったところをロロに救われて斑鳩を脱し、そして逃れた後のロロの死と、その後に知った両親の真実の姿。何処までもルルーシュをユーフェミアの仇と言い続けるスザクと、ルルーシュがゼロであったことを知り、帝都にフレイヤを撃ち込んで億という民を殺した妹のナナリー。
 それらを考えた時、神は、人の集合無意識は、人生を遣り直しさせるために自分を記憶を持ったまま時を逆行させたのではないかとルルーシュは思った。
 心に刻まれた一番の無念はロロの死だ。偽りの弟であったのに、利用するだけのつもりで手懐けたのに、自分を救ってギアスを酷使し続け、心臓に負担を掛け過ぎて死んでいったロロ。
 バベルタワーでの出来事の後の全てを知っている、いや、覚えているルルーシュは、ロロに報いたいと思った。ゼロであった自分を信じられないと、敵だと言い放ったナナリーよりも、ロロの自分を慕うその心を本心から包んでやりたいと。
 しかしかつてのブラック・リベリオンで、ナナリーのことがあったからとはいえ、黒の騎士団を最初に見捨てて戦線離脱したのは確かに自分で、だからせめて捕らわれの状態からは解放してやろうと、彼らの好きにさせるのはそれからでいいだろうと思った。
 そうしてかつての記憶のままにルルーシュは行動した。処刑寸前の黒の騎士団の団員たちを救い出し、逃れた先の中華連邦の領事館内で、ゼロことルルーシュは団員たちに告げた。
「皆を捕らわれの状態から救い出したのが、私がブラック・リベリオンの際に私情を優先して諸君を、騎士団を見捨ててしまったことに対するせめてもの詫びだ。私はもう黒の騎士団と関係を持つことはない。これから諸君は、諸君の判断で、日本解放のために動くといい。成功を祈っている」
 そう告げて、呆気にとられている団員たちをおき、彼を引き留めようとする声も聞こえていないかのように無視して、ルルーシュはその場を立ち去った。そのゼロの後を、C.C.だけが黙って付いていく。



 ゼロ復活を受けてブリタニア本国は動いた。
 帝国一の騎士であるラウンズのセブンとなった枢木スザクを、エリア11に、アッシュフォード学園に戻したのだ。
 それは記憶を持っているルルーシュにとってはいまさらなことではあったが。
 だからスザクの復学祝賀会の途中、スザクがルルーシュが記憶を取り戻し再びゼロになったのではないかと疑い、総督としてエリア11にやって来るナナリーに携帯を繋いでルルーシュに手渡した時も、動揺はしなかった。
 もうナナリーを愛していないと言ったら嘘になる。たった一人の妹だ、愛しくないわけがない。だがそれでも、以前のような、理性を失うまでの感情を向けることはない。その意識故か、スザクが繋いだ携帯にも何気なく出ることができた。知っていたから、という意味ではなく。
 もうナナリーの望む兄は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであった存在はいないのだ。
 ルルーシュは、自分とは血の繋がりのない偽りの弟ではあるけれど、己の命を懸けてまで自分を守ってくれたロロが幸せといえる人生を送れるように見届けることが、今の己の何よりの望みであると知っている。
 だから平気でスザクを欺くことができた。携帯の向こうのナナリーにも平常心でのぞむことができた。
 赴任して来たナナリーが就任演説の場で、かつてユーフェミアが唱えた“行政特区日本”を再建すると、ゼロと黒の騎士団に協力を要請したのも簡単に無視できた。もっともそれ以前に、公にはなっていないが、ルルーシュは既に黒の騎士団と袂を分かっていたのだから、彼にとってはナナリーの申し出は何の意味もないものだったのだが。
 ちなみに、特区の結果に関していえば、かつての虐殺事件があるだけに他の誰もナナリーの言葉を信ずることはなく、ゼロことルルーシュの抜けた黒の騎士団も動かず、特区は言葉だけで終わってしまったが。
 そんな中、ルルーシュはC.C.と共に動いた。
 ゼロとしてあることは否定したが、ラグナレクの接続は止めなければならない。あれはこの地上にあるむものたち全てに対する罪悪だ。そして何よりも、ロロの幸せを求めるルルーシュの意向にも反する。だからそれを止めるためにルルーシュは動いたのだ。
 C.C.と共に神根島に赴いたルルーシュは、遺跡の中に入り、神と呼ばれる人の集合無意識に働き掛けた。
「神よ! 俺を逆行させたのが貴方の意思だと言うなら、これから先何があっても、俺の両親、シャルルとマリアンヌがどのように動いても、(とき)を止めないでくれ! それが俺の、貴方に、神に対して望む唯一のことだ!」
 そう力強く大声で告げて、ルルーシュはシャルルたちが神と呼ぶ、人の集合無意識にギアスを掛けた。その強い願いは、左右両の瞳からギアスの紋章を浮かび上がらせ、神に絶対遵守を掛けた。
「ルルーシュ……」
 そんなルルーシュを、C.C.は驚きをもって見つめていた。
「……C.C.、ロロの幸せを見届けることができたなら、いつでもおまえの望みを叶えよう。それが俺が共犯者と呼ぶおまえに対して出来る唯一のことだから」
 C.C.が何を望んでいるか、今のルルーシュは知っている。そしてそれを叶えれば、自分に待っているのは永劫の孤独だということも。だがそれでも構わなかった。今のルルーシュには、自分のために命を落としたロロの幸福を願う心しかなかった。ナナリーのことですら、意識しなければ頭を(よぎ)ることはなくなっている。
 トウキョウ租界に、アッシュフォード学園に戻ったルルーシュは、後はもうロロを思い切り甘やかすことを決めていた。人の感情というものを、その育って来た環境の中で失ってしまった、育むことの出来なかったロロに思い出させるために、教えるために。
 そのためにルルーシュは、己の意識の中から、幼馴染でありながら自分を皇帝に売ったスザクのことも、誰よりも大切に慈しんでいた実妹のナナリーをも切り捨てた。
 今のルルーシュが望むのは、本心から自分を慕ってくれるようになった、記憶の中で自分を守って死んでしまったロロの幸福な人生だけだから。

── The End




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