査問会




 世界を征服した“悪逆皇帝”こと神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがゼロに殺されてから一ヵ月。あの日、フジ決戦で敗戦し戦犯として処刑されるべく磔にされていた者たちは解放され、最後まで悪逆皇帝と戦った英雄として祭り上げられた。
 黒の騎士団の事務総長である扇要ももちろんその中の一人だ。
 エリア11は、ブリタニアの新しい代表であるナナリー・ヴィ・ブリタニアにより、合衆国日本として完全に解放され、返還された。そして新しい日本の未来を築くべく、国会議員を選ぶ総選挙が行われることとなり、周囲の勧めもあって、扇も立候補することにした。玉城などはそのまま首相になっちまえよ、おまえなら出来るさ、などと煽てたものである。
 そうして選挙に立候補するにあたり、黒の騎士団の事務総長の職を辞すべく手続きをしようとしていたところへ、最高評議会から扇に呼び出しがかかった。直ちに超合集国連合、および黒の騎士団の本部がある蓬莱島へ出頭せよとのことであった。
 扇は理由が分からずに首を捻りながらも、どのみち事務総長の職を辞すにあたって、一度は本部に行かねばならなかったこともあり、呼び出しに従って蓬莱島を訪れた。
 蓬莱島に着いた扇を待っていたのは、黒の騎士団で新たに結成された憲兵部隊の軍人数人だった。
「扇事務総長ですね」
 確認するように尋ねられ、扇は何をいまさら聞いてくるのかと当惑しながらも頷いた。すると扇の両脇を挟み、戸惑う扇に余所に、まるで警官が犯人を連行するかのように、彼を超合集国連合本部のビルへと案内した。
 本部の中、通された一室で扇を待っていたのは、数人の超合衆国連合最高評議会の議員と、憲兵部隊の上位者数名だった。彼らは凹型のテーブルに着き、部屋の中央に空の椅子が一脚だけ置いてあった。
「座りたまえ、扇事務総長」
 一体何が起きているんだ、起ころうとしているんだと不思議に思いながらも、扇は言われるままに椅子に腰を降ろした。その左右と後ろに扇を連れて来た軍人が立った。
 扇が席に着いたのを認めて、テーブルの中央にいた、議長役らしき議員の一人が口を開いた。
「これより扇事務総長のトウキョウ決戦からフジ決戦までの行動に関しての査問会を始める」
「!?」
 議員から放たれた言葉に、思わず扇は腰を浮かした。
「査問会って、どういうことだ?」
「落ち着いて座りたまえ。言った通りのことだ。ブリタニアとのトウキョウ決戦からフジ決戦における君の不可思議な行動に対しての査問会だ」
「不可思議な行動って一体何のことです!? 俺が何をしたっていうんですか!?」
「落ち着きたまえ。それをこれから話そうというのだ」
 その言葉に、扇は不承不承ながらも椅子に座り直した。
「トウキョウ決戦においてフレイヤ弾頭が放たれた後、斑鳩を、当時のブリタニアの宰相であったシュナイゼル・エル・ブリタニアが訪れた。これに違いはないな?」
「その通りです」
 何をいまさら言い出すんだといった感で扇は頷いた。
「そこで君はフレイヤへの恐怖もあったのだろう、ブリタニアからの休戦を最高評議会に諮ることなく独断で受け入れた。さらにゼロの専用KMFである蜃気楼が奪取されたとして、あくまで事務総長、つまり事務方のトップであるのにもかかわらず、君が蜃気楼の追撃および撃墜命令を出した。これに違いはないかね」
「次いで神根島で行われたブリタニア人同士の戦いに、シュナイゼルに味方して参戦している。これも君の指示だったとの報告が上がっているが」
「確かにその通りですが、それが何か問題があるとでも仰るんですか?」
「問題があるか、どころか問題大有りではないか」
「君はあくまで事務総長、つまり事務方のトップであって、君に戦闘に関する指示を出す権限はない。ましてや最高評議会に諮らずに独断でブリタニアとの休戦を決定する権限などありはしない」
「そ、それは」扇は口の中に湧き上がった唾液を呑み込んだ。「あの時はフレイヤの被害もあって、ゼロも失い、緊急事態だったからで、俺が責められるような謂れはないと思います。それに、休戦のことについては、最終的には九州の本隊から合流した神楽耶様が受け入れられたことで、俺の独断と言われるのは納得出来かねます」
「確かに緊急事態だったろうが、戦闘に関しては、藤堂統合幕僚長がいたね。その藤堂を差し置いて君が指示を出すというのは不自然極まりない、権限を逸脱した行為だと言っている」
「何処が権限を逸脱してるって言うんです? 俺は騎士団のNo.2で、ずっとゼロに次いで……」
 扇は議員たちが何を問題にしているのか、理由が理解出来なかった。言っている言葉の内容については理解したものの、それの何処が問題なのか、理解していない。
「何度も言うようだが、君は事務総長であって、戦闘に関する指揮を執る立場にはない。黒の騎士団は超合集国連合が発足し、その外部組織となった時から、以前のエリア11のテロリストだった時とは立場を大きく変えている。従って、繰り返すが、君の権限も事務方のものに限られ、戦闘に関して口を挟む権利はなくなっているのだよ」
「え?」
 扇は本当に自分の立場というもの、その権限の範囲を理解していなかったのだと分かって、その場にいた者たちは呆れたような溜息を零した。
「休戦協定については、皇議長の結果容認ということでとりあえずおいておこう。
 続いてフジ決戦の時のことだが、君は斑鳩が撃墜された際、事務方のトップ、つまり上位の立場にありながら、我先にと斑鳩を後にしたとの報告が上がっているが、これは事実かね」
「え、いや、それは……」
 扇は冷汗を垂らしながら、答えに窮した。
「事務方とはいえ、上位者が先頭を切って艦を逃げ出すというのはどうしたものか。上位者は下位の者に対して責任を持つ立場にあり、ついては下位の者の安全を図るのが本来の上位者のすべきことだ。それを報告の通り君が先頭をきって艦から脱したというのであれば、それは責任放棄に等しい行為だ。どうなのかね、はっきり答えたまえ」
「お、俺は……」
 人間、誰しも自分の命は惜しいものだ。だから危険に曝された時、真っ先に逃げ出したいと思うのも無理はないかもしれない。しかし扇には立場とそれに伴う責任があった。真っ先に斑鳩を後にしたということは、その責任を放棄したことに他ならない。
「事実だと認めるのかね?」
 扇は自分の周りを取り囲むかのような議員や憲兵部隊の代表たちを見回した。彼らの扇を見る瞳は侮蔑に満ちたものだった。
 斑鳩が墜ちた時のことについていえば、扇ははっきりとは覚えていない。ただ早く逃げなければ危ない、それしかなかったように思う。他の団員たちのことなど、正直頭になかったといっていい。従って責任放棄といわれれば、頷かざるを得ないというのが本当のところだ。扇は返す言葉が見つからず、ただがっくりと肩を落とした。
 そんな扇の様子に、報告は事実なのだとその場にいる他の者たちは理解した。
 扇は所詮は一エリアのテロリスト上がり、軍の規律を何ら理解せず、ただその場その場で自分に都合のいいように動いていただけなのだと。
 1時間の休憩を挟んで、査問会は扇に対して決定を下した。
 事務総長の解任と、黒の騎士団からの追放処分を。
 しかし扇にとっては、ある意味それで済んで助かったのかもしれない。ゼロ死亡の報については触れられなかったのだから。そのことについて触れられれば、ゼロを裏切ったことが暴露され、ひいてはブリタニアの元純血派であるヴィレッタとの関係を、さらにはブリタニアの宰相シュナイゼルとの日本返還についての密約も問い詰められたかもしれないのだから。
 超合衆国連合の最高評議会は、扇の行動について査問会を開いたこと、その内容、結果を速報で世界中に流した。
 仮にも黒の騎士団の事務総長という立場にある扇をその職から解任し、その上、黒の騎士団から追放という処分を下すのだ。きちんとその理由が発表されなければ民衆の信用を得られない。
 その発表により、扇の無責任さと職責に対する理解のなさが暴かれ、それでも恥ずかしげもなく元黒の騎士団の事務総長だったという肩書をもって立候補した合衆国日本における総選挙において、扇が落選したのは言うまでもない。

── The End




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