察 知




 ブリタニアが日本に侵攻し、僅か一ヵ月余りで終戦を迎えた後、シュナイゼルはその前に入った異母弟(おとうと)であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとその妹ナナリー・ヴィ・ブリタニアの死に疑問を持ち、終戦早々にエリア11となった日本に赴いた、かつてのヴィ家の後見たるアッシュフォード家を調べさせるべく、己の信頼のおける者を数名、早速エリア11へと放った。
 そして上がってきた報告で分かったのは、アッシュフォードが密かに二人のブリタニア人の幼い兄妹を引き取り、その庇護者となっていること。
 報告と共に届けられた写真に写っているその二人の兄妹は、紛れもなくルルーシュとナナリーだった。
 皇帝であるシャルルの第5皇妃、つまりルルーシュとナナリーの母であるマリアンヌの死と、その後のルルーシュと皇帝との謁見の際の出来事、開戦間近の日本へと二人を送り、実際に二人の存在を知りながら開戦したブリタニアを、皇帝を、二人が、特にルルーシュが憎んでいるであろうことはそう深く考えずとも察することは出来る。
 そしてまた、皇室に戻したとしてもこれといった後見のいない── アッシュフォード家はマリアンヌを守れなかったとして爵位を剥奪され没落した── 今では、二人は弱者としかなりえず、皇室で生きていくのは無理。再び何処かの国へ人質として送られるか、よくて飼い殺しだ。場合によっては暗殺される可能性すら、僅かながらあるのが実情。
 それが分かっている状況で、二人を皇室に連れ戻すのは無理だと、そうシュナイゼルは判断し、アッシュフォードがあるうちは陰から密かに見守っていこうとシュナイゼルは決めた。





 時は流れて、ルルーシュは17歳、アッシュフォード学園高等部の2年生になっていた。
 そんな中で突然起こったエリア11総督クロヴィス・ラ・ブリタニアの暗殺事件。その容疑者としてあげられたのは、名誉ブリタニア人の枢木スザクという、若い、まだ少年といっていい軍人だった。ところが、その枢木を護送中、自分がクロヴィスを殺害した者だと言って、頭部全てを仮面で隠し、マントでその姿も覆われてしかとは分からぬが、細身の男が姿を見せ、枢木を浚っていくという事件が起こった。
 ルルーシュたち兄妹が日本に送られた頃のことも調べていたシュナイゼルは、その枢木スザクが、ルルーシュたちが逗留していた枢木家の嫡子であり、ルルーシュとは知己の間柄であったことも承知している。
 何故クロヴィスを殺した、ゼロと名乗った人物は仮面で顔を隠していたのか。名乗り出るくらいならば顔を隠す必要などない。それでも彼は仮面で顔を隠していた。それは顔を知られたくないからだ。
 声は変声機を通しているものと察せられたが、淀みない口調は、ゼロがイレブン── 日本人── ではなくブリタニア人であることを示している。つまりゼロはブリタニア人ということになる。
 そしてまた何故名誉ブリタニア人である枢木を逃がしたのか。ゼロには枢木を逃がしてやらなければならない事情があったとでもいうのか。あるいは単に己の名を売るための行為に過ぎなかったのか。しかしそれにしてはあまりにも危険な行為でありすぎる。
 クロヴィスが暗殺された日、ずっと密かにルルーシュたちを警護させていた者たちから、ルルーシュを見失ったという報告を受けていたシュナイゼルは、まさかと思いながらも、それらのことを繋げて考えてみた。
 ブリタニア人から顔を、そして多分には年齢的なことも隠さねばならないブリタニアを憎むブリタニア人。そして枢木スザクを救うという行動に出る程の関係を持つブリタニア人。
 それらから導き出される答えは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだった。
 ルルーシュはかつてペンドラゴンにいた幼い頃から優秀であり、自分に勝ったことこそなかったものの、シュナイゼルとのチェスでは、いつもいいところまでもっていけていた。それ程に優秀だった。
 ゼロの枢木スザクを奪還した時の、いかなる技を使ったのか知れないが、その大胆かつ有能な様もまた、シュナイゼルにかつてのルルーシュを思い出させるに十分だった。
 確たる証拠はない。せいぜいがゼロが現れる時、ルルーシュがいないという状況証拠のみだ。しかしシュナイゼルは確信した、ゼロはルルーシュだと。
 七年前、マリアンヌ皇妃が殺されルルーシュたち兄妹が日本に送られることが決まった時、シュナイゼルはまだ若く、現在のように宰相の地位には就いておらず、黙って見送ることしか出来なかった。しかし現在(いま)は違う。ブリタニアの帝国宰相として辣腕を振るう立場にある。
 しかし帝国への反逆者、テロリストのゼロとなったルルーシュに対して何が出来るのか、それがシュナイゼルの悩みどころだった。よって、ただルルーシュに対する警護を強めることと、彼が何をしようと決して他言せず、手を出さないように指示を出すだけだった。
 そしてそんな日々が続いたある日、エリア11の副総督である異母妹(いもうと)のユーフェミアが“行政特区日本”という政策を相談してきた。
 イレブン、否、日本人とブリタニア人が対等に手を取り合える、弱者や強者のいない平等な世界。それはゼロであるルルーシュの望むところだろう。だからシュナイゼルは、兄として異母妹のユーフェミアに対し、本音の全てを見せることなく、「いい案だ」と微笑(わら)って答えた。
 だが心の中では、それが本当にゼロの、イレブンの望むことだろうかと問われれば、否定されるだろうと思っている。ゼロや日本人たちが望むのは、限られた人数しか入れない一区画としての平等な地域ではなく、エリア11、すなわち日本全体のブリタニアからの解放、独立であり、イレブンという名の返上、“日本”と“日本人”という名を全土に渡って取り戻すことであるはずだ。
 そしてユーフェミアがそこまで考えていないのは明らかだった。一区画でもそういった場所が出来れば変わっていくと簡単に考えたのだろうか。
 シュナイゼルはユーフェミアが姉のコーネリアに相談することなく、アッシュフォード学園の学園祭で勝手に“行政特区日本”の構想を発表し、しかもゼロに対して協力を申し出たと知った時、何ということをしでかしてくれたのだと、驚き呆れ、そして怒った。
 ことここに至って、シュナイゼルは行動を起こした。
 これ以上、ユーフェミアの勝手にさせておくわけにはいなかいと。それでなくともユーフェミアはルルーシュの知己たる枢木スザクを己の選任騎士とし、ある意味、ルルーシュから奪い、しかも変わらずにルルーシュのいる学園に通学させ続けるということで、ルルーシュの身の危険を増やしているのだ。これ以上、ルルーシュから一体何を奪おうというのか。いや、ユーフェミアは己がルルーシュから何かを奪ったとも、さらに奪おうとしているとも思ってなどいはしまい。ましてや危険に晒しているなどとは。だがユーフェミアの行動は、ルルーシュから彼が為そうとしていることを奪おうとしている以外のなにものでもなく、その身を危うくしているの紛れもない事実なのだ。
 シュナイゼルは密かに本国を離れエリア11に向かった。総督であるコーネリアにも知らせず、もちろん政庁に顔を出すこともなく、彼が訪れたのは、ルルーシュの警護として付けていた配下の者が知らせて寄越した黒の騎士団の本部となっているトレーラーのある場所である。そこにゼロがいるだろう頃を見計らって、副官のカノンと数名のSPだけを連れて密かに訪れた。目的はゼロであるルルーシュと話し合いの場を持ち、ユーフェミアの発表した“行政特区日本”などではなく、エリア11をブリタニアから解放する方策をとるためである。
 帝国宰相という地位など投げ捨てても構わない。もう何もせずに見ていることは止めにする。今度はルルーシュの手を離すことなく、その手を取って共に進もうと結論を出していた。



「ゼロ! ブリタニアのシュナイゼルが君に会いに来たと!」
 団員の声がトレーラーの中に響き渡る。

── The End




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