人によって幸福というものは異なる。
お金を儲けることや、より高い地位に登りつめることが幸福だと思う者がいれば、たとえ貧しくても大勢の家族で和気藹々と暮らしていけることが幸福だと考える者もいる。
幸福とは、人の考え方によって、生き方によって、それぞれに異なるものなのだ。 かつてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは妹のために生きていた。そして妹の望む“優しい世界”のために、世界征服を推し進める神聖ブリタニア帝国に反旗を翻した。帝国の元皇子であったにもかかわらず。 そして己の組織した黒の騎士団の裏切り、神根島で知った両親の真実に、ルルーシュは神たる人の集合無意識に「明日が欲しい」と絶対遵守のギアスを掛けて両親を退け、ルルーシュ自身がブリタニアの第99代皇帝となった。全てはゼロ・レクイエムと呼ばれる計画のために。
ゼロ・レクイエム。それはルルーシュが“悪逆皇帝”として人々の憎しみを集め、そのルルーシュが正義を標榜するゼロとなったスザクに殺されることによって、人々の憎しみの負の連鎖を断ち、人にとって優しい幸福な世界となることを願ってのものだった。
しかし何の悪戯か、ルルーシュは記憶を持ったまま時を遡り、人生を改めてやり直すこととなった。そしてそれはアッシュフォード学園において生徒会の仲間だったシャーリーが死んだ数日後からだった。
前の時と同じように黒の騎士団の裏切りにあいながらも、ルルーシュはそれを知っていたがために冷静に対処し、ただし、両親の、シャルルのやろうとしている神殺しだけは阻止せねばと、神根島においてギアスの力を行使して、以前同様に、コードを持つシャルルを消滅させ、その計画を潰えさせた。
その後、ルルーシュは表の世界に戻ることはやめて、己に付いて来ることを願った者たちと共に神根島を後にした。神が自分を逆行させたのは、自分の人生をやり直させ、ゼロ・レクイエムのような死に方を改めさせるためと判断したためだ。
神根島を離れたルルーシュ、ジェレミア、ロロ、咲世子、そして記憶を失ったままのC.C.は、未だブリタニアの手の伸びていないオセアニア、オーストラリアにその身を置くことを決めた。
一方、ゼロを失って残された黒の騎士団は、帝国宰相シュナイゼルの申し入れを受け入れ、超合集国連合最高評議会の判断を仰ぐこともなくブリタニアと休戦した。エリア11、すなわち日本の返還と引き換えに。もう一つの条件であったゼロの引き渡しは行われなかったが、ゼロがCEOの座を返還して黒の騎士団から身を引いたことで良しとしたらしい。黒の騎士団は表向き、ゼロは第2次トウキョウ決戦において放たれた大量破壊兵器フレイヤによる負傷が元で死亡と偽りの発表を行った。それはルルーシュが、ゼロが再び世間に姿を現すのを防ぐ意味合いもあった。もっともそれは彼らの懸念に過ぎず、ルルーシュにはそのような意図、つまり二度と世間に出るようなつもりはもはや全くなかったのだが。
ゼロ死亡の報と、ブリタニアと黒の騎士団の休戦条約締結は、超合集国連合を慌てさせた。超合集国連合の議員たちは何も知らされなかったのだから無理もない。唯一知っていた神楽耶は口を噤み、何も語りはしなかった。
シャルルの失踪を受けて、ブリタニアは皇位継承権第1位を持つ第1皇子のオデュッセウスを新しい第99代の皇帝として、実務面では相変わらずシュナイゼルが帝国宰相としてブリタニアを取り仕切っている。
ちなみにフレイヤの被害からシュナイゼルの判断で辛うじて難を逃れていたナナリーは、エリア11総督という地位を失い、また、ルルーシュがゼロであったことを知らされ、ゼロ、すなわち兄であるルルーシュの死亡の報に落胆しつつも、兄は間違った方法を取った報いを受けたのだと思い、自分から何らかの真実を知ろうとする努力をすることもなく、ただあるがまま、示されたままを全ての真実として受け入れて本国に戻り、陰では色々と言われ、実は何かと蔑ろにされている部分もあるのだが、それらを何一つ知ることもないままに、最低限ではあるが、かつてエリア11のアッシュフォード学園に一般人としていた頃と比較すれば、大帝国の皇女の一人として恙ない日々を送っている。
そしてシュナイゼルは、世界をブリタニアと二分する超合集国連合の切り崩しに取りかかった。
超合集国連合を相手にではなく、超合集国連合に加盟する国々それぞれに特使を派遣し、超合集国連合からの脱退を促したのだ。それは、もしも拒否すれば貴方方の国にフレイヤを投下することになりますよ、と恫喝を伴ったものであり、とても交渉などと呼べるようなものではなかった。
結果、第2次トウキョウ決戦でのフレイヤの威力を目の当たりにしていた国々は、既に休戦していたこともあり、新たな侵略が行われないのであれば、と消極的にではあったが、ブリタニアの申し入れに同意して、次々と超合集国連合から脱退していった。
それらを知った国々の人々、そして心ならずも脱退を決めた国の首脳たちは、ゼロ死亡の報を流し、勝手にブリタニアとの休戦を決定した黒の騎士団のトウキョウ方面軍、さらにはその幹部たちの行為を責めた。それは幹部の殆どを占める日本人たちが、自分たちの国だけ取り戻せれば後は関係ないとでもいうように、超合集国連合最高評議会に何も諮ることなく、身勝手にことを進めたことが大きい。
もしも彼らが、ゼロを失い、体制を立て直す必要に迫られていたとはいえ、せめて一時停戦あたりで手を打っていれば、キュウシュウ方面軍の本隊が残っていたことから、超合集国連合は改めて黒の騎士団の組織編成をして、改めてブリタニアと事を構えることも可能であったし、その方が第壱號決議にも叶うことであったのだから。
黒の騎士団の幹部、構成員の多くを占める日本人に対して、世界の、特に超合集国連合を脱退せざるを得なくなった国々の首脳や国民の目は冷めたものになりつつあった。いや、そればかりではなく、自分たちだけが良い思いをして、と憎しみが籠り始めていた。
ブリタニアに逆らいさえしなければ新たな侵略行為は行わないとブリタニアは約束したが、以前のブリタニアを考えれば、その約束が何処まで有効なものか信用出来ない。しかしフレイヤをちらつかせられ、その威力の前に、人々は、国々はひれ伏すしかなかった。
ただ一国だけエリアから解放され、領土を取り戻した合衆国日本。
世界の人々の憎しみは、ブリタニアよりも日本に向けられるようになっていった。
脱退が相次ぐ超合集国連合は機能しなくなり、もはや態をなさなくなりつつあった。そして日本だけが、残った超合集国連合に所属していた国々から、いや、世界から孤立しつつある。その最大の要因である、黒の騎士団の日本人幹部たち、特に、戦後、合衆国日本の最初の首相となった元黒の騎士団の事務総長である扇要と、超合集国連合の最高評議会議長でありながら、自分一人で議長権限をもってブリタニアとの休戦を受け入れた皇神楽耶に対しては、本人たちだけがそれに気付いていなかったが、日本人たちの中でも彼らに対する視線は厳しいものとなっていた。
しかも日本は荒れたまま、ましてやトウキョウ租界にフレイヤによる巨大なクレーターを空けられたままの返還に、サクラダイトを輸出してその対価を得ても、実際にその利益に預かるのは一部の者に過ぎず、殆どの者は貧しさから脱することも出来ずに、黒の騎士団日本人幹部たちと国家代表たる神楽耶にさらなる厳しい目を向け、唯々己らのその日一日一日の生活に追われ、現在の合衆国日本の首脳たる扇たちに対するこれといった抗議活動を行う気力も余力もなく過ごしている。
そんな日本と世界の在り様を風の噂に聞きながら、ルルーシュたちは既に表世界からは完全に身を引き、もはや何の関係もないと冷めた目で見つめつつ、ジェレミアの提案でオレンジ農園を営み、慎ましやかながらも不自由のない日々を過ごしている。
そう、少なくとも今世のルルーシュはゼロとなったスザクの手にかかって世界のために己の命を差し出すことなく、己に対して好意を寄せてくれる者たちに囲まれて、ブリタニアの皇子であったことも、そのブリタニアへの憎しみも、さらには自分を裏切った黒の騎士団に対する憎しみも捨て、小さくはあるが幸福な人生を送っている。
それが神が己に人生をやり直す道を取らせてくれた意味なのだろうと思いながら。
── The End
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