変わり者の騎士




 ロイド・アスプルンドは変人として有名である。
 本国では伯爵の身分を持ち、帝国宰相シュナイゼルの学友であり、現在はシュナイゼル直轄の特派こと特別派遣嚮導技術部── 特派── の主任を務めている。特派でのロイドの任務は、第7世代KMFの研究開発であり、KMF狂い、KMFに生涯を懸けたといっていいロイドにとっては、またとない職場といっても過言ではない。
 しかしロイドとて初めから変人と言われるような性格をしていたわけでも、KMF狂いだったわけでもない。
 ロイドがKMFの研究開発に勤しむようになったのは、それ以外に興味を引くものがなくなってしまったからだ。
 かつてロイドは、シュナイゼルによって引き合わされたとある皇子の騎士となることを己に誓い、そのための精進もしていたが、その皇子が亡くなって、いなくなってしまったのである。
 アリエスの悲劇と呼ばれる、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの第5皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが暗殺されたことにより、ロイドがいずれは主にと望んだその長子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、母を亡くしたことで、目と足が不自由になった妹姫と二人、弱者として、日本に親善のための留学という名目の人質として送られ、そこでブリタニアと日本の開戦の混乱に際して、日本人に殺されたとの報告がブリタニアに届いたのだ。
 遺体は確認されなかった。しかし、日本が敗戦しブリタニアの植民地── エリア11── となっても、皇子もその妹姫も姿を現すことはなく、ブリタニアでは悲劇の皇族として鬼籍に入った。
 そうしてロイドは主にと望んだ皇子を亡くし、後は研究に携わっていたKMFの開発にのめり込むしかなかったのだ。それがなかったら、ロイドは皇子の後を追っていたか、狂っていたかのどちらかだっただろう。
 それ程に大切に思っていた存在を、ロイドはエリア11で見出した。
 ロイドが開発した現行唯一の第7世代KMFランスロットの、ロイド言うところのパーツであるデヴァイサーとして選ばれた名誉ブリタニア人枢木スザクの幼馴染みというブリタニア人、ルルーシュ・ランペルージ。アッシュフォード学園高等部の生徒会副会長であるその人物は、目と足が不自由な妹と二人、特別に寮ではなくクラブハウスで起居している。
 現在、諸所の事情から特派のトレーラーはアッシュフォード学園大学部に間借りしている。
 そんなある日、仕事の関係でスザクを迎えに行った際に見つけてしまったのだ、失われたはずのその存在を。
 どんなに隠していてもロイドには分かる。あれ程に今は亡きマリアンヌ皇妃に似た面差、幼い頃の面影を残し、ブリタニア人には珍しい艶のある漆黒の髪と、誰よりも濃いロイヤル・パープルと言われる紫電の瞳を持つその人物に、ロイドは確信した。ルルーシュ・ランペルージはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであると。
 そして同時に思い至る。
 何故ルルーシュが自分の本来の身分を隠し、一般人としてあるのか。それは身体障害を持つ、ブリタニアでは弱者としかなりえない存在と、何よりもかつて本国に、実の父である皇帝に捨てられたという事実に他ならないと。
 だが主と思い定めて、失ってしまったとばかり思っていた相手を見つけ出して、そのままいられようはずはない。ロイドは即座に行動に出た。クラブハウスに住まうルルーシュの元へ、駆け込んだのである。
「殿下、ルルーシュ殿下、お忘れですか、僕です、ロイド・アスプルンドです!」
 ロイドの突然の訪問に、そして発せられた言葉に、ルルーシュはクラブハウス居住区の玄関で息を呑んで立ち尽くした。
「殿下のご存命を知って僕がどんなに嬉しかったことか。どうか僕を殿下の騎士にしてください!」
「……俺は“殿下”なんて呼ばれるような身分の者じゃありませんよ、お人違いでしょう」
 自失状態から戻ったルルーシュは、ロイドに向かってそう静かに答えた。
「僕が殿下を間違えるなんて有り得ません! 殿下が表に出られたくないと仰るならそれでも構いません、誰にも言いません! ですからどうか僕を殿下の騎士に任命してください!」
 何が「ですから」に繋がるのか分からないな、と思いながらも、ロイドの必死さに、ルルーシュは偽るのは無理と判断した。
「アスプルンド伯、俺はもう殿下と呼ばれる立場ではないし、戻るつもりもない。従って俺の騎士にというのも必然的に無理な話だ。だから……」
「それでも構いません! 騎士叙任式を、なんて無理は望みません! ただ僕を殿下のお傍に置いてください、何かあった時に、僕に殿下を守らせてください!」
 ルルーシュの言葉を遮って必死に縋るロイドに、ルルーシュは深い溜息を吐きつつ、額に手を当てた。
「アスプルンド伯、俺を殿下と呼ぶのは止めてくれ」
「それでしたら殿下、いえ、ルルーシュ様、ルルーシュ様も僕の事をロイドと呼んでください!」
 何とかしてロイドの申し出を断れないものかと考えたルルーシュは、最大の理由に思い至った。
「俺は帝国への反逆者、テロリストのゼロ支持派だ。たとえ内密にであっても、ブリタニアの伯爵位を持つ卿を騎士になど出来るはずがないだろう」
「そんなことは関係ありません! 殿下が、いえ、ルルーシュ様がブリタニアを憎まれる理由は理解出来るつもりです! 僕はただ殿下の、ルルーシュ様の騎士にしていただきたいだけです、国は関係ありません!!」
 あくまでも引くつもりのないロイドに、ルルーシュはお手上げだ、諦めたというように心の中で両手を上げた。
「決して俺のことを殿下と呼ぶな。俺は、俺たち兄妹は皇室に戻るつもりは一切ない。ヴィ家の兄妹は日本開戦の折りに死んだのだから」
 それがルルーシュがロイドの騎士にとの願いを受け入れた言葉と認識したロイドは、顔面一杯に喜色を露わにした。
「はい! 決して言いません、スザク君にも何も言いません!」
「スザク?」
 何故そこでスザクの名が出てくると、不思議に思ったルルーシュが首を傾げた。
「スザク君は僕の開発したランスロットのパーツなんです! 素晴らしいパーツですよ、彼以上のパーツは存在しません!」
「ランスロット?」
 ルルーシュは眉を顰めてその名を問い返した。
「僕が開発した第7世代のKMFです!」
 ロイドの言葉にルルーシュの眉間の皺は深くなる。
「第7世代? あの白い奴、か?」
「はい、そうです」
 勢い込んでそう答えてから、ロイドは、はっとしたように言葉を続けた。
「ゼロの邪魔をしているランスロットは、ゼロ支持派のルルーシュ様にとってはお気に召しませんね。でしたらもったいないですが、ゼロの邪魔にならないように機能を落とします!」
 いまさらだろうとルルーシュは思う。いきなり機能を落としたりなどすれば、一体何事かという騒ぎになる可能性が高い。
「……そんな必要はない」
 そう、そんな必要はない。実力で倒すまでのことだ。問題なのは、寧ろあの白いKMFのデヴァイサーがスザクだったということだ。
 スザクは技術部の所属で、前線に出ることはないと言っていたのに。スザクが自分に、自分たちに嘘をついていたことの方が、ルルーシュにとってはショックだった。おそらく心配させまいとしてのことだったのだろうが、ルールを無視するのは、破るのはよくない、間違った方法に意味はないと、何かにつけ言っているスザクが嘘をついていたということに、ルルーシュは少なからず怒りを覚えた。
「本当に今のままでよろしいのですか?」
 お伺いを立てるようなロイドの言葉に、ルルーシュは鷹揚に頷いた。
「構わない。今になって機能を落とすなど、科学者としてのおまえの沽券にも関わるだろうし、ゼロだって何かしかの策を考えているはずだ。それなりに対応出来るKMFも持っているだろう」
 カレンがデヴァイサーとなっている紅蓮弐式を思い出しながら、ルルーシュはそう返した。
「ありがとうございます、僕なんかのことを気に掛けてくださって。ならばせめて今以上の機能向上をしないようにしますね!」
 自分のことを気に掛けてもらえたと、ロイドは嬉しそうに告げる。
 礼を言われるようなことを言ったわけではないのだがな、とルルーシュは思うものの、それでも今以上の機能の向上がないのはやはり助かるとも思う。あの白兜は確かにやっかいな相手なのだから。
「ルルーシュ様やナナリー様のことは、決して表だって言葉にするようなことはしません。何があってもきっと僕がルルーシュ様を、もちろん、ナナリー様のことも、全力でお守りしますから!」
 そうしてロイドは正式な叙任式もなく、表立って認められたものでもないものの、初志貫徹、ルルーシュの騎士となった。押し掛けではあったが。
 ルルーシュの騎士となったロイドが、ルルーシュがゼロ支持派なのではなく、ゼロ本人と知るまであと少し?

── The End




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