ゼロである己を皇帝に売ってラウンズの地位を、出世を得ようとしたスザクが、騎士としての身分を剥奪され投獄されたと知ったルルーシュは、熟慮の末、本国に、シャルルの元に戻る道を選択した。ただし、やはり万一のことを考えると安心は出来ないと、ナナリーをミレイに託して単独で。
神聖ブリタニア帝国、その帝都たるペンドラゴンに、広大な敷地を有する皇族たちの住まう宮殿が在る。
ルルーシュはその宮殿の正門を守衛する軍人に告げた。
「皇帝陛下にお伝えせよ、第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがエリア11から帰還したと」
そう告げられた軍人は、青年と言うよりも未だ少年と言っていい目の前の少年のその言葉と、彼が持つ数多いる皇子皇女の誰よりも濃い、ロイヤル・パープルと呼ばれる色の瞳に、慌てて電話に取り付いた。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。かつて日本開戦の折りに彼の地で日本人によって殺されたとして鬼籍に入っている悲劇の皇族として名高い、ナイト・オブ・ラウンズのシックスを務めたこともある、“閃光のマリアンヌ”と呼ばれた女性を母に持つ皇子。
その突然の出現に、宮殿に勤める者たちに激震が走り、皇帝であるシャルルに即座に連絡が届いた。
ルルーシュの帰還を知らされたシャルルは、その日予定されていた謁見の全てを即座に中止すると、ただちに彼を自分の元へ連れて来るように指示を下した。本物のルルーシュ殿下かどうか怪しいものです、きちんと調べなければ、との臣下の声も無視して。
玉座の間と呼ばれる大広間でも、謁見の間でもなく、皇帝の私室に案内されたルルーシュは、促されるままに部屋に入り、中で彼を待つシャルルと対面した。
「戻ったか、ルルーシュ」
安堵のような溜息を吐きながら、シャルルはそう一言口にした。
そんなシャルルの瞳の端に、ルルーシュは光る物を確認した。
「はい、父上」
「して、ナナリーは?」
「ナナリーはエリア11に残して、私一人で参りました」
そう答えたルルーシュに、シャルルは「そうか」と頷き、ルルーシュにソファに腰を降ろすように促した。
ルルーシュがソファに座ったのを見越したかのように女官が入って来て、シャルルとルルーシュの前に、厳選された茶葉で淹れられた紅茶のカップを置き、深々と礼をして立ち去った。
シャルルとルルーシュの二人きりになった室内は、静寂に包まれていた。
ルルーシュはシャルルを目の前にしてもなお悩んでいた。果たして自分が帰還したことは正しかったのかと。
ルルーシュがそんなふうに思案しているのを見つめながら、シャルルは告げた。「よく戻ってくれた」と。
シャルルの自分を見つめる嬉しげに見える瞳とその一言に、ルルーシュは己の心の中に溜まっていた何かがストンと落ちたような気がした。
ルルーシュは安堵の溜息を漏らした。自分は存在を否定されていない、シャルルから本国への帰還を心から喜ばれていると感じて、自分の今回の行動は間違ってはいなかったのだと思った。
「冷めないうちに飲むがよい」
そう口にして、シャルルはルルーシュにまだ湯気を立てている紅茶を勧めた。
「……いただきます」
一瞬返答に窮したが、そう返してルルーシュは紅茶のカップに手を伸ばした。
シャルルもルルーシュも互いに黙って紅茶を口にしていたが、やがてシャルルがおもむろに口を開いた。
「七年前は済まなんだ」
そのシャルルの言葉にルルーシュは驚きを隠せなかった。かつてルルーシュの存在、その生を否定したシャルルが、自分に対して謝罪しているのだ、信じられないのも無理はない。ルルーシュは紅茶のカップを手にしたまま、シャルルを信じがたいような表情で見つめ返した。
「あの時は、マリアンヌを失ったそなたたちを守るためには、儂にはあれしか方法が見つけらなかった。開戦後、即座にアッシュフォードを日本に送ったのが儂に出来る精一杯のことだった」
シャルルの言葉に、それで自分たち兄妹はあれ程スムーズにアッシュフォードに庇護されたのかと、やっと納得した。それ程にアッシュフォードの動きは素早かったのだ。
当時のアッシュフォード家の働きがなければ、現在ルルーシュがシャルルの目の前にいることはなかったろうし、今はミレイに託しているナナリーも無事では済まなかっただろう。それ程にブリタニアに敗戦してエリアとなった日本は荒れていた。
それがシャルルの采配による結果と知れて、七年前の、衆目の前でルルーシュを恫喝し否定したシャルルのそれが、実はシャルルの精一杯の演技であったのだと分かり、憑き物が落ちたようにルルーシュは安堵した。それ程に七年前のシャルルのルルーシュの存在を否定した言葉は、ルルーシュの心の底で心的外傷として残っていたのだ。
「アリエス離宮はいつからでも、今からでも住めるように手入れをさせてある。そなたやナナリーがいつ戻って来てもいいように、侍従や侍女も手配してある」
だからこのまま宮殿に留まって欲しいとのシャルルの言外の言葉を察し、ルルーシュはこれから先をブリタニアの皇子として生きていくのが本当に自分にとって良いことなのか考えたいと、とりあえず暫くの間はアリエスに滞在するとシャルルに答えを返した。その答えを聞いたシャルルは、たとえ暫くの間のこととなったとしても構わない、好きなだけ滞在するようにと告げた。そう告げたシャルルが、ルルーシュには何処か嬉しそうであり、また寂しそうにも見えた。
アリエス離宮に着いたルルーシュを、あらかじめ連絡が行っていたのだろう、侍従長が「お帰りなさいませ」と出迎えた。ルルーシュが七年振りに足を踏み入れたアリエス離宮は、かつての惨劇が嘘のように綺麗に整えられていた。
第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの本国帰還は、皇族や貴族たちを混乱に陥れた。
死んだと思われていたルルーシュが帰還しただけだったら、生きていたのかと、それだけで済んだだろう。だが問題は、シャルルのルルーシュに対する態度にあった。
シャルルは時間を作り出しては自らアリエス離宮に足を運び、それが無理な時は、皇帝たるシャルルの他は、シャルルの私生活の世話をする侍従や女官たちを除いては、決して誰も足を踏み入れさせない私室にルルーシュを通しているのである。
そんな状態に混乱するなというのが無理な話だ。
マリアンヌが生存し、ルルーシュとナナリーがアリエス離宮で暮らしていた頃は、皇族や貴族たちは如何に皇帝のマリアンヌに対する寵愛が篤いとはいえ、彼らは所詮は庶民出の皇妃、庶民の血を引く皇子皇女と格下に見、陰口を叩いていたものである。それが現在の、明らかな、余りにもあからさまなルルーシュへの特別扱いに、庶民の血を引く皇子と陰口を叩くのさえ躊躇われる状況だ。
そんな周囲の状況を余所に、当事者であるシャルルとルルーシュは、二人向かい合って互いに黙ったままゆっくりと静かにお茶の時間を過ごしたり、シャルルがルルーシュのアッシュフォード学園での生活の話を聞き出したりなどして過ごしている。
アッシュフォードにいる間、咲世子がいたとはいえ基本的に自分のことは自分でやっていたルルーシュは、侍従や侍女たちに世話を焼かれるのを時に鬱陶しく思いながらも、これならこのままペンドラゴンに留まっても、そしてナナリーを呼び寄せても大丈夫だろうかと考える。シャルルが間違いなくルルーシュを特別扱いしているのが分かるから。しかし自分はともかく、目が見えず足も不自由なナナリーは、やはり他の者たちからは弱者としか見られずに終わるのではないかとも思われ、どうしたものかとルルーシュは思案の日々を送っている。
── The End
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