神聖ブリタニア帝国第3皇女リリーシャ・ヴィ・ブリタニアには、他に母を同じくする二人の兄妹がいる。
ルルーシュは、二卵性であることが嘘のように自分と同じ母譲りの艶のある漆黒の髪とロイヤル・パープルといわれる紫電の瞳を持っていて、リリーシャとは一卵性といっても通じるような瓜二つの、とても優秀で自慢な兄だ。妹のナナリーは母親似ではなく、どうやら父親の子供の頃に似ているらしく、髪の色も瞳の色もその妹だけが家族の中で異なっている。
リリーシャは自分がブラコンである自覚はある。だが言わせてもらえば、あれだけ優秀で、かつ綺麗といっていい兄を持てば、ブラコンにならない方がおかしい。妹のナナリーも同じくブラコン。もしかしたらその程度はリリーシャを凌ぐかもしれない。兄と似ていないから余計に。兄は兄でシスコンで、リリーシャのこともナナリーのこともとても大事に大切にしてくれる。いつも自分のことは後回しで、リリーシャやナナリーのことを優先してくれる。それ程に優しい兄だ。
そんなリリーシャとナナリーは、どちらがより兄であるルルーシュを愛しているか、慕っているか、そしてまた思われているかを比較しあって、どちらも譲ろうとはしなかった。
それがある日、突然に変わった。
どう変わったかといえば、ナナリーの兄に対する独占欲が極端に深まったのだ。
ナナリー曰く、自分には兄のルルーシュだけで、リリーシャなんて姉はいない、兄は自分だけの兄だと。
どうやら夢を見て、その中では確かにルルーシュの妹はナナリー一人だけだったようだ。
けれどどれ程幼いといってもものには限度がある。夢と現実をごっちゃにしないでほしい、とリリーシャは思う。
ルルーシュが学校に行っている間などはまだいい。けれど離宮にいる時は必ず兄の隣に陣取って、決して傍を離れようとしない。そして一緒にいるリリーシャを排除しようとかかる。
その様には流石にルルーシュも眉を顰めて、姉妹同士仲良くしなさいとお小言を口にし、その時はナナリーも大人しく頷くのだが、頷いた傍からまた独占欲を丸出しにしてくるのだ。
やがてそんな状態に慣れてしまったのか、ルルーシュは時に眉を顰めながらも放っておくことにしたらしい。リリーシャのナナリーへの態度も、自然とルルーシュに倣うように落ち着いていった。あまりの頑是ない子供のような在り様に、ルルーシュを取り合って張り合うような相手ではないと思ったことも大きい。
リリーシャにとって、ナナリーは兄を煩わせる困った妹という認識に落ち着いている。
そんな状態が何年も続いて、それがアリエス離宮の日常風景の一つとなった頃、高校を卒業した兄は、二番目の異母兄であり、帝国宰相の地位にあるシュナイゼルの補佐を任された。そしてリリーシャはそんなルルーシュを手伝うこととなった。ルルーシュ程ではないが── ルルーシュと張り合えるかそれ以上と思えるのは、数多い兄弟姉妹の中でもシュナイゼルくらいしか思いつかない── リリーシャもそれなりに出来ると自負している。そのための努力もしてきた。だから兄であるルルーシュの役に立つ、立ちたいと思い、それを実行に移した。それを父たる皇帝はもちろん、シュナイゼルをはじめ、他の誰も何も言わなかったから、それなりに認められたのだろうとリリーシャは考えた。
けれど一人だけ納得していない者がいた。妹のナナリーである。
帝国宰相補佐の地位に就いたルルーシュ、さらにその秘書のようにして手助けをするリリーシャ。自然、二人は常に行動を共にするようになっていった。それがナナリーには堪らなく腹立たしいことだったらしい。
父である皇帝に、自分もルルーシュの傍で役に立ちたいから仕事をさせてくれと言い出す始末だ。
ナナリーは自分の能力をどう思っているのだろうか。
ルルーシュは当然優秀だ。そして自慢するわけではないが、リリーシャとて兄のルルーシュにはおよばないものの、彼の手助けが出来る程度には出来ると思っている。だがナナリーは違う。兄であるルルーシュと、嫌いではあるけれど姉であるリリーシャが優秀なのだから、自分も出来るはずだと思い込んでいる節がある。
そんなナナリーを見て、リリーシャは、馬鹿じゃないの、と呆れたものだ。兄や姉が優秀だからといって、それがそのまま妹も優秀であることには繋がらない。それにルルーシュもリリーシャも優秀ではあるが、それなりの努力もしている。だがナナリーは暇があればルルーシュの後を追い回し、ひっついているだけで、何かを学ぼうと努力している姿を見せたことがない。
もしかしたら見えないところで努力、学習しているのかもしれない、という者もいるかもしれないが、ナナリーに限ってはそれはないとリリーシャは断言出来る。寧ろ隠れたところで努力しているのはルルーシュやリリーシャの方だ。
ナナリーは公務に就くのは高校を無事に卒業した後と言われ、辛抱することにしたようだ。幾らなんでも父であり、この国の皇帝であるシャルルの言葉には逆らえない。
そしてその間、それなりの勉強をしている姿を見せれば、リリーシャのナナリーに対する見方も多少は変わっただろうが、ナナリーにそのような態度は見受けられず、リリーシャはナナリーに対して呆れの度合いを深めていくだけになった。
母であるマリアンヌはそんな子供たちから一歩引いて、自分の人生なんだから自分のやりたいようにやりなさい、と放任主義を貫いている。かといって、親としての役目を放棄しているわけではなく、それぞれの人格を認めてくれているということだ。そのあたりも母は他の皇妃たちと違うとリリーシャに思わせる。他の皇妃たちは、自分の子供── 皇子や皇女── をけしかけ、少しでも権力を増大させようと必死になっている。他の皇妃たちに言わせれば、マリアンヌの方が庶民出だけのことはあるものだ、ということになっているようだ。
それを比較して冷静に考えることの出来るリリーシャは、やはりマリアンヌの方が親として優れていると思ってしまう。贔屓はあるかもしれないが、他の皇妃に比べて、マリアンヌの方が子供たち自身の人権を大切にしてくれているように思えてならないからだ。
そんなマリアンヌもここ何年かのナナリーの様子には、流石に眉を顰めることもあるようだが、口に出して何かを言うということはなかった。ただその瞳が告げていた。仕方のない子、と。
そうして無事に高校を卒業したナナリーは、親善特使として日本に赴かされた。
日本は貴重な資源であるサクラダイトの世界一の産出国であり、埋蔵国でもある。経済の発展を考えるなら、日本は決して無視出来る国ではない。ましてや日本は、国土は狭いが経済的にはブリタニアに継ぐ世界第2位の経済大国だ。その国との関係が悪化してきている中、それを改善するために皇族を送り込むのは、ある意味当然のことと言えた。そして選ばれたのはナナリーだった。
ナナリーに掛けられた期待は大きい。ナナリーは自分には能力があると父に告げていた。だからこその抜擢だったのだろう。それに加えて、今回の訪日は親善が第一目的であって、政治的意味合いが低いことも、送り込む皇族をナナリーにした一因かもしれない。
可愛らしい皇女様が親善のためにやって来るとなれば、日本人も悪い気はしないだろう、とそう思われ判断された結果に違いなかった。
しかし結果はお粗末だった。お粗末すぎた。ナナリーは調子に乗り過ぎたのだ。
結果、その尻拭いのためにルルーシュが急遽訪日し、ナナリーが結局は侮辱した形になってしまった日本の皇族に謝罪し、政府関係者に謝罪し、果ては日本の国民に対しても、マスコミを通して妹の不始末を詫びる言葉を述べるに至った。
そんなルルーシュの様子に、リリーシャは流石に切れた。特別に何かをした、する、ということはなかったが。
あれ程に自分の力を過信し、結果的には兄に大迷惑を掛けた愚かな妹は、自分の何がいけなかったのかも分かっていない。
リリーシャのナナリーに向ける視線は、単に呆れたものから、冷めた冷酷なものへと変わっていった。ルルーシュに迷惑を掛ける存在など、たとえ血の繋がった妹でも、いや、血の繋がった妹だからこそ許すことは出来ないと。
── The End
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