謎の仮面のテロリスト── ゼロ。エリア11の総督であり、神聖ブリタニア帝国第3皇子であるクロヴィスを殺したとして、容疑者の名誉ブリタニア人枢木スザクの護送中に、初めて公に姿を現した存在。
枢木スザクの奪還は見事というほかなかった。そして以後、ゼロはカワグチ湖におけるサクラダイトに関する国際会議において行われた、日本解放戦線によるテロ行為の際に、黒の騎士団として改めて姿を現した。
以後、クロヴィスの後任としてエリア11の総督として着任してきた“ブリタニアの魔女”の異名を取る第2皇女コーネリアと数度に渡って戦い、完全なる勝利を得るところまではいかずとも、少なくとも敗れたことはない。敗けたことがないということは、それが完全か否かの差だけで、勝利し続けているということだ。
帝国宰相シュナイゼルは、そんなゼロに興味をもって密かに調べを進めさせた。
最大の疑問は、何故仮面をして顔を隠しているのか、だろうか。イレブンであるならば、正体がそうとすぐに知れぬように顔の一部を隠すようなことはあるかもしれないが、だからといって頭をすっぽりと覆い尽くすまでの仮面を被る必要などない。それはすなわち、ゼロはイレブンではないことを示してはいないか。それもおそらくはブリタニア人である可能性が高い。
エリア11内でテロ活動を起こす程にブリタニアを憎むブリタニア人。
主義者と呼ばれる存在は確かにいるが、彼ら、あるいは彼女らがそこまでブリタニアを憎んでいるかと問えば、否の答えが返るだろう。主義者と呼ばれる者たちは、単にブリタニアの国是に異を唱えているに過ぎない。
では一体何者だろうか。
エリア11にいて、ブリタニアに対して反逆を起こす程にブリタニアを憎む、しかもコーネリアをして手古摺らせる程に優秀な頭脳を持つブリタニア人。
シュナイゼルは一人だけ心当たりがあった。ただし、その人物は既に鬼籍に入っているのだが。しかしそれが偽装であったならばどうだろう。そう考えて、シュナイゼルは別の方向からの調査を命じた。
そして程なくしてシュナイゼルの元に挙げられた報告書は、シュナイゼルが思い描いた人物の存在を示していた。
報告書に添えられた、ルルーシュ・ランペルージという一人の学生の写真。その面差しは、紛れもなく現在のエリア11たるかつての日本で、開戦の折りに亡くなったとされた元第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア以外の何者でもなかった。ルルーシュの母親である今は亡き第5皇妃マリアンヌを思い起こさせる容貌からしても間違いない。加えて、足と目が不自由な妹ナナリーの存在。さらには二人の庇護者であるアッシュフォード家は、かつてヴィ家の後見でもあった。最早疑いようもない。
シュナイゼルは思わず口元を綻ばせた。 二人の兄妹が、正確にはルルーシュが、当時の日本人に殺されたとの報告を受けて、人知れずどれだけ嘆いたことか。そのルルーシュが生きていた。となれば、己らを捨てたブリタニアという国を、父である皇帝シャルルをどれ程憎んでいることか。おそらくそれはブリタニアに対して反逆の道を取らせるには充分なものであろう。
そこまで考え、また集めた報告書から、ゼロの正体を異母弟のルルーシュであると確信したシュナイゼルは、自ら動くには帝国宰相の立場から流石に叶わず、副官のカノン・マルディーニをエリア11に遣わせるに留まった。
カノンは主であるシュナイゼルの命に従い、アッシュフォード学園のクラブハウスに起居するランペルージ兄妹、すなわち、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニアの兄妹をシュナイゼルの元に連れ帰った。
それはルルーシュに彼がゼロであることをシュナイゼルは知っている旨を匂わせてのもので、半ば強制的なものであり、二人をあくまでもランペルージという一般人であるとして庇おうとしたミレイ・アッシュフォードを振り切ってのものだった。
帝都ペンドラゴンの広大な宮殿の中にある宰相府で、シュナイゼルは笑顔で二人を出迎えた。
しかし二人、特にルルーシュの顔色は冴えない。今まで必死に皇室から逃れ隠れてきたものを見つけ出され、無理矢理連れ戻されたのだから無理もないことではあるが。
「よく生きていてくれたね。再びこうして会うことが出来て嬉しいよ」
そう言いながら、シュナイゼルはルルーシュを抱き寄せて抱擁した。そうしながら、車椅子に座っているナナリーの頭を撫ぜたりもする。
しかしその抱擁は長くは続かず、シュナイゼルはナナリーに向けて告げた。
「ナナリー、これからのことでルルーシュと話がある。君は先にアリエスに戻っていなさい」
「え? あの、私もいては駄目ですか?」
ナナリーは戸惑いながらも、今後の自分たちのことであるなら自分にも同席する理由はあるはずだと、そう問い返した。
「君たち二人のことに関しては、皇帝陛下から私が面倒を見るということで話はついている。私がルルーシュと話をしたいのは、これからルルーシュにしてもらうことについてだからね」
だから君がいる必要はないんだと言外にシュナイゼルは告げて、カノンにナナリーをアリエスまで送るように指示を出した。
「お、お兄さま!」
車椅子を押されて、ナナリーは慌ててルルーシュを呼んだ。
「心配ない、シュナイゼル異母兄上との話が終わったら俺もすぐにアリエスに戻るから、ナナリーは先に戻って休んでいるといい」
ルルーシュはナナリーを安心させるように声を掛けた。その声に、ナナリーはルルーシュがそう言うのなら何も心配することはないのだろうと頷いて、カノンに車椅子を押されながら部屋を出ていった。
そうしてその部屋に残ったのは、シュナイゼルとルルーシュの二人となった。
「立ったままではゆっくり話も出来ない、そこに掛けなさい」
シュナイゼルはルルーシュに、脇の応接セットのソファを勧めた。ルルーシュはどのような話になるかはともかく、今は従うしかないと、言われるままにソファに腰を降ろした。
向かい合わせのソファにシュナイゼルも腰を降ろすと、まるでそれを見計らっていたかのように侍女の一人が二人のために紅茶と茶請けの菓子を持って入って来た。侍女は二人の間のローテーブルの上、二人それぞれの前に持ってきたものを黙って置くと、深く一礼をして立ち去った。
「さて、ルルーシュ」
名を呼ばれて、ルルーシュは何を言われるのかと思わずビクッと身体を震わせた。
その様にシュナイゼルはクスッと小さな笑みを零した。
「そんなに怖がる必要はないよ。君にはこれから私の補佐として働いてもらいたい、それだけだ」
「……あ、異母兄上は、俺がエリア11で何をしていたかご存知なんでしょう?」
ルルーシュは喉の渇きを覚えながらも真っ直ぐにシュナイゼルを見つめ返して問うた。
「知っているよ、君がどれ程有能な存在なのか。だからこそ私の補佐を、と言っているんだよ」
「俺は、帝国への反逆者、ですよ」
喉をごくりと鳴らしながらルルーシュは答える。
「だった、だろう? 今はこうしてこのペンドラゴンにいる。最早君にはエリア11にいた時のような行動は無理だ」
「……」
シュナイゼルの言葉に、ルルーシュは黙って俯いた。確かにシュナイゼルの言う通りだ、今のルルーシュは手足をもぎ取られ、ナナリーの身柄を押さえられ、手も足も出ない。
「この帝国を変えようと思ったら、外からよりも内からの方がやりやすいよ。そのために私を利用すればいい」
その言葉に、ルルーシュは俯けていた顔を思わず上げてシュナイゼルを見た。
「あ、異母兄上……?」
帝国宰相である自分を利用して内から反逆せよと告げるシュナイゼルに、ルルーシュは信じられないような戸惑いの表情を見せた。
「七年前、君たちが当時の日本に送られた時、私はまだ若く力も足りなくて何も出来なかった。だが今は違う。父上は何やら分からぬものにのめり込んで政務は殆ど私に投げている。もちろん最終的な決定権は皇帝である父上にあるが、事実上は私にあるも同然の状態だ。つまり現在、このブリタニアで私に出来ぬことはないと言ってもいい。君が変えたいと思っているのは、今のブリタニアの国是、在り方だろう? 改革は上からの方が楽だよ。だから私を利用しなさい」
「……それで、貴方のメリットは何です? 何が目的なんですか?」
ルルーシュは一旦迷ってから、直球で問い返した。
「私の目的? それは君だよ」
「俺?」
シュナイゼルの答えにルルーシュは目を丸くして尋ね返した。
「そう、君だ。君を私の傍に置ける、君を手に入れることが出来る、それが私の今回の行動の理由だよ」
「あ、異母兄上……?」
ルルーシュはシュナイゼルの言葉を捉えかねていた。一体どう理解すればいいのかと。
「私は君に危険な真似をさせたくない。そして何より私の傍に、隣にいて欲しい。それが私の望む唯一のことだ。そのためなら何でもしよう」
自分を真摯に見つめながら語るシュナイゼルの言葉に、ルルーシュは戸惑った。自分の瞳を真っ直ぐに見つめられていることに、ルルーシュは自分の視線をシュナイゼルから外して彷徨わせた。
「お、俺は……」
返す言葉が見つからず言葉を濁すルルーシュに、シュナイゼルは優しく微笑み返した。
「今すぐ君をどうこうとは思わない。とりあえずは先に言ったように、これからは私の補佐として私の傍にいてほしい。エリアが増えたことによって、自然と私の仕事も増えていてね、補佐が欲しいのも事実なのだよ。その点でも、優秀な君が傍にいてくれれば非常に助かる」
ルルーシュは最後の、ある意味ビジネスライク的なシュナイゼルの言葉に安心した。それ程にシュナイゼルの自分に対する感情を測りかね、困惑していたのだ。
それからのルルーシュは常にといっていい程にシュナイゼルと行動を共にするようになり、帝国を内から変えていくためにはどうすればいいのか、模索の日々が続いている。
そうしてルルーシュがシュナイゼルの傍に自分の居場所を、シュナイゼルの思惑はどうあれ見つけようとしている一方で、ナナリーの立場、その存在は微妙だった。
兄であるルルーシュは、庶民出の母を持ち、一度は見捨てられた皇子とはいえ、宰相であるシュナイゼルの補佐としてその存在を周りの者たちから認められつつあったが、ナナリーは違う。
目は見えず足も不自由で、車椅子がなければ動くことも叶わない。パーティーなどに招待されても、兄であるルルーシュはシュナイゼルと共にあることが多く、中々ナナリーと共にあることが出来ずにいて、そうなるとナナリーは、自然と一人で放っておかれることになってしまう。
周囲には人が大勢いるのに、ナナリーは一人で、そしてまた周囲の人間は、兄のルルーシュとは違って何の役にも立たない皇女と陰口を叩く。一体何のために戻って来たのかと。
ルルーシュがどんなに苦心しても、それらの陰口がナナリーの耳に入ってしまうことを完全に防ぐことは出来ず、ナナリーは自分は役立たずなのだと思い知らされ、人が言うように、何故自分は戻ってきたのだろうと考え込んでしまう。しかしその答えは、自分から進んでのものではなくて連れ戻されたのだ、兄と一緒にいたいだけなのだと、そこで思考は停止してしまう。
たとえ目が見えず足が不自由であろうと、何も出来ないことの言い訳にはならない。そんな状態であっても、何かしか出来ることを考えるべきであり、そうすれば周囲の者たちからも認められるようになるだろうという発想に思い至らない。
ルルーシュはそんなナナリーに対し、常に傍にいてやれないことを済まないと思いつつも、ナナリー自身が自分の生きていく道を模索してくれることを願うしかない。
ルルーシュのそんな思いに気付くこともなく、ナナリーは、ここ── ブリタニア── にはエリア11にいた頃のような居心地のいい場所はないのだと、人の陰口の入ってこないアリエス離宮に籠るようになっていた。
そんなナナリーの様子に、ルルーシュはナナリーにとって居心地のいい場所を創り出すべく、ブリタニアを内から変えるためにシュナイゼルの傍で忙しく過ごす日が続き、エリア11では常に傍に共にあった兄妹は、今は目に見えぬ壁に遮られたかのようにすれ違いの日々を過ごしている。
── The End
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