断 罪




 ゼロ・レクイエムと名付けられたプロジェクトによって、一人の少年が汚名に塗れて死んだ。
 少年の死は、少年自ら考えたもので、覚悟の上のことではあったが、遺された者たちは違う。
“悪逆皇帝”と呼ばれることを自ら選んで死んだ少年と、少年が遺した世界。
 しかし遺された者たちは、少年が遺した世界を受け取るのに、本当に相応しい者たちだと言えるのだろうか。世界は少年が望んだ“優しい世界”たりえるのだろうか。
 何も知らない世界の人々は、今日も何も知らないままに少年を裏切った者たちを、責めた者たちを英雄と称えている。そして彼らはそれを極当然のことと受け入れている。少年の覚悟も信念も知らぬまま、気付こうとせぬままに。
 最後まで少年と共にあった者たちは、そんな彼らを許せなかった。
 それでも最初は、少年の望んだことだからと受け入れようとはしていたのだ。だが、世界は少年が望んだようにはならなかった。少年を非難する声もいつまでも止まなかった。
 だから彼らは行動を起こすことにした、遅きに失したと思いつつも。



 ある日のこと、世界中のマスコミやネットがジャックされた。
 TVはどの局をつけても、PCは何処のHPにアクセスしても、流れるものはただ一つ。
 それは浮遊艦艇の倉庫と思しき場所で、世界中の誰もが知っている、黒い仮面をつけて顔を隠した細身の男性とその傍らに立つ赤毛の少女。二人に銃を向ける人々。KMFの機影もある。その人々の服装もまた世間によく知られたものであった。そしてかつての神聖ブリタニア帝国の宰相であり、現在は黒の騎士団のCEOであるゼロの補佐を務めているシュナイゼル・エル・ブリタニアとその副官、“ブリタニアの魔女”と呼ばれた女性の姿も見てとれた。
 細身の男性が仮面を外す。
 そこから現れたのは、艶のある漆黒の髪と紫電の瞳、女性と見まがうような綺麗な、美しいとさえいえる容貌。それは、世界中が“悪逆皇帝”と呼び、その死を喜んだ少年の顔だった。
 少年に浴びせられる罵詈雑言、それに対して少年は自棄になったように叫び返している。
 今、最後まで悪逆皇帝と戦った英雄の一人と持て囃されている赤毛の少女が少年から離れていく。
 そしてそう時をおかずに、「撃て!」の言葉と共に少年に向けて発砲される銃。
 けれどそこに少年の姿はなく、艦から離れていく一機の、あまりにも有名なKMF。
 そしてその後に続く、今は合衆国ブリタニアの代表となっている少女の声。
 その声は、自らがブリタニアのかつての帝都ペンドラゴンに大量破壊兵器フレイヤ弾頭を投下したことを告げている。
 世界はその映像に恐慌をきたした。
 世界が“悪逆皇帝”と罵った人物こそが、真の世界の英雄たるゼロだった。そして“悪逆皇帝”と最後まで戦った英雄とされた人々こそが、ゼロを裏切った者たちだった。大量虐殺を働いた者とそれに加担した者たちだったのだ。
 世界の根底が揺らいだ。
 世界は“悪逆皇帝”を倒して平和になるはずだったのにそうはならなかった。なるはずがない。“悪逆皇帝”こそが真の英雄ゼロであるならば、現在のゼロは偽物ということになり、世界を救ったこととされている英雄たちは悪辣な裏切り者にほかならないのだから。
 世界中が騙されていた。これならば“悪逆皇帝”が死んだ後も、世界が平和にはならなかった理由に納得がいく。後に遺された英雄とされる人々は、自分たちの益ばかりを考える醜い裏切り者たちばかりだったのだから。
 世界中に超合集国連合と、その外部機関である武力集団たる黒の騎士団に対する抗議の声が響き渡った。世界のあちこちで時の政府に対するデモが行われた。
 自国の首相こそが本物のゼロを裏切った存在なのだと知れた合衆国日本と、自ら帝都を攻撃し億を超える死者を出した大量殺戮者を代表と仰いだ合衆国ブリタニアは特に酷かった。
 けれど合衆国日本の扇首相は、ゼロこそ行政特区日本の虐殺の張本人であり、異能の力を持った存在で、彼を粛清しようとしたことに咎は無いと言い張り、合衆国ブリタニアの代表ナナリー・ヴィ・ブリタニアは、自分がペンドラゴンに向けてフレイヤを放ったことは認めたものの、前もって警告を、避難勧告を出していて、市民は避難済みだったからと、大量殺戮を行ったことは否定して、抗議の声やデモは激しさを増す一方だった。そして両者共に有効な手段を考えることが出来ず、ただ己を正当化して現状に手をこまねいているだけだった。
 裏切り者に死を! 大量虐殺者に報復を!
 世界中が叫んだ。
 そしてその一方で、自分たちが喜んだ“悪逆皇帝”の死を改めて悼んだ。死なせてはならぬ存在を死なせてしまったと、あまつさえその死を喜んだことを激しく後悔した。
 世界は変わるだろう。“悪逆皇帝”の真の姿を知って、今度こそ彼の望んだ優しい世界へと変革していくだろう。それが死んでしまった少年への何よりの手向けだとの声が、マスコミやネットを通して世界中に流れていく。



「ディートハルトはいい仕事をするな」
「あの映像がこんなに役立つ時が来るとはね」
「今まで廃棄せずにいて良かった」
「こんなことならもっと早く行動に移せばよかったんです」
「それを言うなら、あの方が亡くなられる前に世に出せばよかったのです」
「そうだね、そうすればあの方が死ぬ必要はなかった」
「いまさらではあるが、世界はこれから変わるだろう。多少の乱世は続くかもしれないが、きっとあの方が望まれた世界に近付いていくはずだ。皆があの方の真意を知ったのだから」
 世界の片隅で数人の男女が語り合っていた。彼らの目の前には、ルルーシュ・ランペルージの笑み── 彼は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとしては、笑みを浮かべたものは遺さなかった── を浮かべた写真がある。



 そうして、一人の少年の死の真相をきっかけに、世界は変わる──

── The End




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