選択の結果




 皇室に戻されてから程なく、ルルーシュは、帝国宰相であるシュナイゼルから宰相補佐に任じられた。そしてまた、オデュッセウスをはじめとする高位の皇族から、茶会や食事、夜会などに招待され、忙しない日々を送っている。必然的に、住まいであるアリエスの離宮にいる時間はあまりなく、殆ど寝るために帰るだけのような状態だ。たまに早く帰れても、公務のための調べもののために自室や書斎に籠ることが多くなる。昼食はもちろんだが、朝食も夕食も、妹であるナナリーと共に摂ることは殆どないといっていい。休日もあって無きが如しの状態にある。だが、ルルーシュにしてみれば、己の立場を考えた時、自分の足場を固めるために必死なのだ。母が死に、アッシュフォードが爵位を剥奪されて没落して以来、自分たち兄妹の後見といえる者はなく、そうなれば、必然的に宰相補佐という立場、高位の皇族たちとの付き合い、それらのことで彼らからの心象を良くしておくことが必要なのだ。それがある意味、彼らが自分たちの後見と同義となるのだから。そういった意味で、ルルーシュは必死だった。この皇宮という魔宮で行き抜いていくために。
 一方のナナリーはといえば、離宮に籠りがちな日々を過ごしている。
 過日のオデュッセウスの夜会で、ギネヴィアから「目が見えずとも、足が動かずとも、それでも出来ることはあるはず」との指摘を受けていながら、それを指摘ととらず、目も見えず足も動かない自分には何も出来ないと、端から何かを為そうという気概を見せることがない。そして忙しなく動いているルルーシュが、自分を構ってくれないと泣き続ける日々を送るだけ。
 そんなナナリーにとっての唯一の慰めは、幼馴染ともいえるスザクの訪れだけだった。
 しかし、それもまた問題の一つだった。
 皇族同士においてもいえることであるが、それが臣下の立場にある者ならばなおさら、皇族の元を訪れる際には、先にアポイントを取り、先触れを出してから訪ねるのが常識である。ところがスザクは「時間がとれたから」とそう言って、約束も何も取りつけずに唐突に離宮にナナリーを訪ねて来るのだ。
 そしてカリーヌに忠告を受けたにもかかわらず、相変わらず、ナナリーはスザクを「スザクさん」と呼び続け、スザクはナナリーを呼び捨てのままだ。
 確かにアリエスの離宮でナナリーとスザクが会う時、それは公的なものではなく私的なものではある。だが完全に二人きりというわけではない。侍従や侍女たちという耳目があるのだ。
 ヴィ家に仕える侍従や侍女たちは、当主たるルルーシュに対しては敬意を抱いてはいるが、ナナリーに対してはそうではない。目も見えず足も動かないことを理由にして、何をしようともしない、下手をすれば当主であるルルーシュの足を引っ張るだけの存在と軽蔑していた。もちろん表面には出していないが。そしてそれは、唐突に訪れ、皇女たるナナリーを、既に廃嫡し死亡しているとはいえ、ナナリーよりも上の立場の皇女だったユーフェミアをユフィと呼び続けるスザクに対してもであった。しかも、スザクは二人の会話の中にその名が出てくる時、宰相補佐を務めるルルーシュのことすら呼び捨てだ。しかもナナリーには見えないから分かっていないと思ってか、その名を口にする時に見せる表情は、僅かではあるが明らかに憎しみや悪意が見て取れる。そしてそれをナナリーは当然のことのように受け止め、何ら疑問を抱いていない。
 普通、彼ら彼女らには、見ざる聞かざる言わざるが当然のこととされているが、こと、軽蔑の対象となってしまっているナナリーとスザクに関してはそうならなかった。ついもののはずみで、といった形で、ナナリーやスザクの現状を、愚痴、といったような形で話してしまうのだ。もちろん、その際にはルルーシュに対するフォローは忘れないが。そう、如何にルルーシュが素晴らしく仕えがいのある存在であるかと。それなのに、あんな妹やその妹を訪ねて来るラウンズとはいえ、傍若無人なナンバーズ上がりの名誉ブリタニア人である枢木スザクの存在が、ルルーシュ殿下のことを思えば邪魔でならない、その存在がルルーシュ殿下を貶めてしまうのではないかと思えてしまって気の毒でならないのだと。
 そしてナナリーとスザクの知らないところで、二人に対する悪意に満ちた、けれど、二人の普段の行いから決して否定することの出来ない噂が流れ、皇宮を満たしていく。



 そうしてどれくらいの日々が経っただろうか。
 ある日、ナナリーとスザクは共に謁見の間に呼び出された。皇女と、そしてラウンズとはいえ、臣下にすぎない立場のスザクの二人、という組み合わせに、そのことを知った者は疑問に思うと同時に、漏れ聞いている噂から、そのことでか、と納得してしまっているが、当の二人は呼び出される理由も、ましてや二人一緒というのが何故なのか理解出来ず、首を捻るまま、しかし皇帝の命令には逆らえずに、指定された時間に謁見の間を訪れた。
 ナナリーには見えないが、シャルルから二人に向けられる視線は侮蔑に満ちたものだった。それに気付いたスザクは悪い予感を覚えるが、既に遅い。シャルルの中ではとうに結論が出ているのだから。
「ナナリーよ」
「はい、お父さ、い、いえ、陛下」
 ナナリーは慌てて言い直したが、それ自体が、この場が謁見の間という公的な空間であることを失念していたことの現れともとられた。
「そなたにはこのブリタニアの皇女としての自覚がないようだな」
「え? そんなことは……。私は、自分がこの国の皇女だということはきちんと自覚しています」
「ほう。ならば、帰国してからこちら、そなたは何をしておった。寝たきりという状態ではあるまいに、いくら身体障害を抱えているとはいえ、出来ることはあるはず。それを何もせずに離宮に籠りきり、籠って勉学に励んでいるならまだしもそれもないという。しかもそこな枢木に自分を、いや、自分だけではないな、廃嫡し亡くなったとはいえ、そなたより上位にあったユーフェミアを愛称で、そして何より実兄たるルルーシュを呼び捨てにさせて平気でいるとか」
「そ、それは……」
「そして枢木」
「はっ」
 呼ばれてスザクは臣下としての礼を取る。
「そなたは、時間が出来たからと先触れも無しに皇族の住まう離宮を訪れ、先にナナリーに告げたようにルルーシュたちを当然のように呼び捨てにしているとか。
 そなたはエリア11を騒がせたテロリストのゼロを捕縛し、ラウンズの地位を要求してきた。本来なら守るべき存在であったユーフェミアを守ることすら出来なかったというのに、簡単に儂の騎士たるラウンズの座を。つまり、簡単に主を鞍替えした。
 多少、面白いかもしれぬとそなたにラウンズの地位を与えてみたが、やはりそなたには荷が勝ちすぎたようだな。つまるところ、そなたはラウンズに限らず、騎士たる者とはどういう存在かを理解しきれず、皇族と臣下という立場すら理解しておらなんだ」
 皇帝の言葉に、スザクは言い返す言葉も見つからず、顔色を蒼褪めさせていく。
「結論を伝える。
 ナナリーは廃嫡。5日の猶予を与える。その間にこの皇宮から出ていく準備をするように」
「は、廃、嫡……!?」
 父であり皇帝であるシャルルの口から発せられたその言葉に、ナナリーは信じられない、というように顔色を変え、否定するかのように首を振り続ける。
「降嫁も考えたが、そなたのあまりに皇女らしからぬ振る舞いを考えれば、皇室の恥になるだけだ。廃嫡の方がよかろうと決した。
 枢木、そなたはラウンズから降格。もちろん騎士候の位も召し上げる。その後の配属に関しては」脇に控えるナイト・オブ・ワンであるビスマルクに一度視線を向けてから「ヴァルトシュタインから指示を受けるように。
 本日はこれまで。二人ともさっさと下がれ」
 そう言い放つと、シャルルは玉座から立ち上がり、謁見の間を後にした。
「ナナリー様、廃嫡の件に関しては枢密院での手続きもありますので、そちらに行かれますよう。
 枢木、そなたは今日中に官舎を引き払う用意をすること。明朝にはEUに向けて出発し、到着後はあちらで展開している第7陸戦部隊に二等兵として所属することとなる。以上だ」
 ビスマルクもそれだけを告げると、シャルルの後を追った。
 後に残されたのは、呆然としたナナリーとスザクの二人だけ。しかしその二人も、謁見の間の中にいた侍従たちに追い立てられるようにして、謁見の間を出された。とはいえ、ナナリーには侍従の一人がつき、ナナリーの乗る車椅子を押して枢密院に向かったのだが。
「「どうして、どうしてこんな……?」」
 ナナリーとスザクが、共に違う場所で同じように呟いていた。
 片や、皇女という立場から一臣民に、もう一方はラウンズというこのブリタニアでは臣下最高の位からいきなり最低辺の二等兵に。
 二人とも、何がどうしてそうなったのか、少しも理解していない。指摘をした者、忠告をした者はあったのに、共にそれに耳をかさなかった。出来ないと、あるいは必要ないと聞き流していた。その己らの行動のつけが回ってきただけなのだが、二人とも何も分かっていない。



 ナナリーがアリエスの離宮から、皇宮から去った、というより追い出されたのは、ルルーシュが公務でロシアに出ていた最中のことであり、ナナリー廃嫡のことを知ったのも戻って来てからだった。もちろんスザクのことも。
 途中、周囲の一部の者たちが情報として入手していたものの、作戦行動の最中に余計なことを耳に入れるのを憚って黙っていたのだ。
 帰国したルルーシュは、早々に情報の収集に手を付けた。
 スザクに関しては、軍属しているということで直ぐに情報は手に入った。
 EUでナンバーズ上がりの名誉ブリタニア人として、さらに軽々と主を乗り換え、しかもラウンズという臣下としての頂点からいきなり二等兵にまで降格された存在として、周囲からは無視され、あるいは苛めのような状態に置かれているという。
 ナナリーに関しては、一臣民となった者の動向を探るのは難しかった。忙しく、なかなか時間をとって調べるだけの時間を割くことが出来なかったというのもあるが。それにしても、目も見えず、足も動かず、けれど皇室から離れるにあたってそれなりのものを与えられ、それを所持したままの年若い娘が、たった一人で果たして無事に生きていられるのかどうか、甚だ疑問でならない。
 ルルーシュとしては、スザクに関しては、ある意味割り切っていた。己の出世のために友人を裏切り続け、一旦主と定めたユーフェミアを守りきることも出来ず、ゼロたる自分を捕縛し、皇帝を主とするラウンズになるための出世の道具にした男。まるで自分だけが正しいのだというように、ルルーシュの思いも立場も分かっていながら、その実、何も分かっておらず、理解しようとすらもしなかった男。自業自得だと、ルルーシュはスザクの存在そのものを頭の中から消した。
 ナナリーについては、いささか憐れには思った。愛していた。ナナリーのために優しい世界を創り出したかった。そのために、ゼロという仮面のテロリストとなり、だが思い半ばでスザクに捕まり、ブリタニアに連れ戻されたわけだが。そしてナナリーは、あれだけ周囲から言われながら、結局は何も理解せず、理解しないままに、己の障害を理由に皇女たるに相応しいことを何一つしなかった。正直、最近はナナリーのただの引き籠りともいう様子に。呆れと疎ましさを感じ始めていたことから、少しずつ突き放し始めていたところだった。あれは生まれるべき場所を間違えたのだ。普通の家庭に生まれていれば、あのような障害を負うこともなく、一般的な幸福を得られたかもしれないと思うのだ。皇女として生まれたのが、ナナリーにとって最大の不幸だったと考えるルルーシュだった。

── The End




【INDEX】