第5皇妃マリアンヌとの間に子供が生まれた。
マリアンヌは庶民出、ラウンズとなり騎士候となった身から、シャルルが初めて自分から望み、皇妃として召し上げた存在だ。そう、唯一、政治的意味を持たず、愛したからこそ望んだ女性だった。
そんなマリアンヌとの間に出来た我が子が、愛しくないなどということがあろうはずがない。幾人いるか自分でも分からなくなっている皇妃との間に出来た、どれ程の数の子供たちの中でも、マリアンヌとの間に出来た子程、愛しく、可愛いと思える子はいない。
しかし、表立ってマリアンヌとの子供だけを可愛がることは、立場上出来なかった。その子供たちが他の皇族や貴族たちから、庶民出の皇妃との間の下賤な生まれの子、と言われていると知っても、何も出来なかった。出来ることといったら、他の者の目のないところで、すなわちマリアンヌに与えたアリエスの離宮を訪れた時に、外で出来ない分まで、思う存分、可愛がってやることくらいだ。
マリアンヌの長子たるルルーシュは、親馬鹿と言われるかもしれないが、利発で頭脳明晰、将来がとても期待出来る子だと思う。そして、自分の立場を既に理解しているのか、表だって懐いてはこないが、アリエスを訪れた時には、しっかりと父と息子として向き合い、懐いてくれている、慕ってくれている。
兄と約束したラグナレクの接続などしなくとも、人は分かりあうことが出来るのだとの証拠が、今、目の前にある。ラグナレクの接続は、自分たち兄弟の悲願とも言えるものだったが、果たしてそれは本当にやらねばならないものなのだろうか。マリアンヌを娶り、子が出来て、夫婦として、親子として、心を通わせるうちにその疑問は大きくなっていく。年月を重ねれば重ねる程に。
兄には悪いと思う。本当に申し訳ないと。だが今の自分にはラグナレクの接続の意義が見い出せないのだ。C.C.もそんな思いから、ブリタニアから、ペンドラゴンから、自分たちの元を去っていったのだろうから。
しかし、自分のその思いが、マリアンヌとその間に生まれた子供たちへの愛情が、兄に不満を募らせ、強行に走らせることになるとまでは思ってもいなかった。
兄はマリアンヌを殺し、テロリストの仕業と見せ掛けるためにナナリーをも巻き込んだ。結果、ナナリーは足を撃ち抜かれ半身不随となり、己は兄が犯人であることを他の者に、そして誰よりも子供たちに気付かれぬように、ナナリーの記憶を改竄し目を閉ざさせた。
しかしそれだけでは足りなかった。自分があの二人に対して愛情を向けている以上、今後もあの二人に対して兄の手がおよばぬとは限らないからだ。
故に考えた。二人をまずは国外に逃がそうと。それにはルルーシュが自分に対して謁見を申し込んできた時の態度が何よりも都合がよかった。ルルーシュには酷い言葉を投げつけてしまった、との自覚は十分すぎる程にある。しかし今の自分には、それくらいしか他にあの二人を守るための方法が思い浮かばなかったのだ。
そしてひとまずナナリーが退院すると、ルルーシュと二人、日本へと送り出した。そう程なく、エリアとするために戦争を仕掛けることになるだろうかの国へと。
日本の、いや、正確には、キョウト六家の一つ、その重鎮たる桐原とはいささか縁がある。腹の底では何を考えているか分からぬ、狸爺と言ってもいい人間だが、ある意味、信用出来る存在ではあるのだ。その程度には、自分は桐原を信頼している。首相である、あの二人の預け先となる枢木よりも。
そしてルルーシュたち、あの子たちにつけた者たちとは別に、誰にも分からぬように桐原に対して密使を放った。ルルーシュたちを頼むと、守ってやってくれと。
ブリタニアと日本が開戦すれば、間違いなく日本は敗れるだろう。それ以前に、現状でも既に日本におけるブリタニアの心象は悪い、そんな国に送られて、ルルーシュたちが安穏とした日々を過ごせるはずがないのは分かっている。だがそれでも、このブリタニアに留まり、いつマリアンヌのように暗殺されるか分からぬ日々を過ごすよりは余程安全だと思えるのだから致し方ない。
自分からの密書を見て、桐原がどう動いてくれるか、はっきりとは分からない。だが、密書にはこうも記した。
もしルルーシュが無事に成長し、ブリタニアに反旗を翻すような行動に出た場合には、遠慮することなく、ルルーシュに力を貸してやってほしいと。
ルルーシュの性格と、あの直接会った最後に自分の言い放った言葉を考えれば、そして身障者となったナナリーのことを思えば、成長したルルーシュがブリタニアに反旗を翻しても、ある意味当然のことと考えられる。そうなった時には、旧知の間だからとて、自分に遠慮などすることなく、ルルーシュに協力してやってほしいのだと。
そうする一方で、マリアンヌの後見をしていたアッシュフォード大公爵家の当主たるルーベンと密かに会い、表向きは大公爵の地位を剥奪したことにすること、しかしそれは順調にいけばエリア11となるであろう日本に行き、ルルーシュとナナリーを守り、ルルーシュが独り立ち出来るようになるまで、匿ってやってほしいためなのだと。
それが今の自分がルルーシュたちに対してしてやれる最大限のことだ。出来るならもっと色々してやりたいとは思うが、思ってもそう簡単に身動きが取れる立場ではない。無理をしすぎて兄に疑われては元も子もないのだから。
そして叶うなら、ラグナレクの接続をルルーシュに止めて欲しいと思うのだ。今となっては、自分の力ではラグナレクの接続に全てを賭けているといっていい兄を止めることは、不可能だろうから。
やがて、桐原から連絡が入った。
それにより、ルルーシュたちが枢木家でどのような待遇を受けているかを知ることが出来た。枢木はやはりルルーシュたちを利用しようとしている。その一方で、土蔵などというところに住まわせ、周辺の大人や子供たちからルルーシュに対してふるわれる暴言や暴行には見て見ぬふりをしているのだと。だから桐原は困ったことがあったら自分を頼って来るようにルルーシュに伝えたとも。
それに対し、我がブリタニアは程なく日本との開戦に踏み切ること、そしてくれぐれもルルーシュたちのことを頼むと返した。
それが桐原と直接コンタクトをとった最後となった。何故ならその一週間後には二ヵ国は開戦し、わずか一ヵ月程で日本は敗戦してエリア11となったのだから。
ちなみに首相であった枢木は、終戦前に自刃したとのことだが、それも何処まで本当のことかは分からない。可能性として誰かの手にかかったことも捨てられないからだ。徹底抗戦を訴えていた枢木は、日本人全てに支持されていたとは言い難く、一部からは酷く罵られていたことも情報として入ってきている。
終戦後程なくして、エリア11となった日本へと渡ったアッシュフォード家から、ルルーシュとナナリーの死亡を確認したとの報が入ったが、それは表向きに過ぎず、裏では、密かに別の手を使って自分に対してだけ分かるように、二人を無事に庇護した旨を伝えてよこした。しかも、アッシュフォードはそのままエリア11に残り、学園を創建するという。木を隠すには森の中という。なら、子供を隠すには、大勢の子供の中、すなわち学園の中、ということなのだろう。ともかくも、二人の当面の安全は確保出来たと思ってよいだろうかと考える。そして無事に成長してくれと。その姿を、成長過程をこの目で見ることが出来ないのは甚だ残念なことではあるが、こればかりは致し方ない。ある意味、ラグナレクの接続などという、今となっては馬鹿げたことといえる計画を立てたことに対する自業自得と言えるのだから。
時は流れて── 。
エリア11はテロ行為が盛んな地だ。しかしそこに、仮面を被り、“ゼロ”と名乗る不思議な男の率いる“黒の騎士団”という存在が現れ、彼らは瞬く間に幾つもの小さなテロリスト集団を纏め上げ、大きな組織となってブリタニアと対抗しているという。
ゼロという男が何者なのかは一切分からない。しかし表向きはNACとしてブリタニアのエリア11の施政に協力しているキョウト六家の一つである桐原が協力しているらしい、との情報もある。ならば、ゼロがルルーシュである可能性は限りなく高くなる。
どうか自分が考えた通り、ゼロがルルーシュであることを願う。そしていつか、自分を、そしてこの現在のブリタニアという国を倒し、ラグナレクの接続を止めてくれることを切に願ってやまない。
── The End
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