記憶と立場




 昼休み、リヴァルがルルーシュに声を掛けてきた。
「今日の放課後は予定あり?」
「いや、特にないが」
「なら、久々に行かね? これ」
 と言って、右手の指で何かをつまみ上げる形を示した。それが何かすぐに分かったルルーシュは、「そうだな」と微笑んで受け入れた。
 そして放課後、ルルーシュはリヴァルのバイクの、ルルーシュの指定席であるサイドカーに乗り込み、二人は学園を後にして、馴染みともいっていいだろう場所へ向かった。
 その途中、リヴァルがルルーシュに話し掛ける。
「なあ、おまえさ、本当にスザクのこと、覚えてないわけ?」
「覚えてないな」
「けど、おまえの改竄されたとかいう記憶は、おまえの共犯者っていう人に戻してもらったんだろ?」
「ああ」
「なら、スザクのことだって覚えてるはずじゃね?」
「……もしかしたら、俺自身が無意識のうちに排除してしまってるのかもな」
「そっかー。スザクがラウンズになったのは、ゼロを捕縛したから、だもんな。どういう経緯(いきさつ)でそうなったのかは俺にはとんと分からねーけど、おまえがそのゼロだったわけだから、互いに親友っていってたはずのおまえからしたら、そして、スザクからしても、第3皇女を殺したゼロだったおまえは、どっちにとっても、裏切り者なんだろうな。だから、スザクの様子からするに、記憶を弄られた時より、戻された時に、否定しちまったのかもな」
「たぶんな」
「あとさ、おまえの本名教えてもらって気が付いたんだけど、このまえ着任した総督の名前、おまえの本当の姓と同じじゃね? 特に一番肝心のミドルネーム。で、俺、悪ぃかなと思いつつ調べてみたんだけどさ、第5皇妃の子供って、第11皇子のルルーシュ殿下と、今回赴任してきた第6皇女のナナリー殿下の二人だったんだよな。ってことは、あの総督はおまえの妹なんじゃねえ?」
 ルルーシュは暫し考え込むようにしながら、ゆっくりと答えた。
「そうかもしれない。枢木が、復活した俺がゼロかどうか、記憶が戻っているかどうか確かめるために、学園に復学して、会長が記念パーティー開いた時、終盤に屋上に呼び出されて携帯渡されたんだ。その相手が「お兄さま、ナナリーです」って言ってたから。けど、あいにくとこっちも本当に記憶にないんだよな。何処をどう探っても、俺の母を同じくする兄弟姉妹はロロだけなんだよ」
「うーん、俺が調べたことと、おまえから聞いた話から判断するに、ナナリーが実の妹で、ロロって、機密情報局、だっけ、そこから送り込まれたおまえの監視役、つまり偽物の弟なんじゃねーか、としか思えねんだけど。そう考えると、以前と今の学園の、本当に分かる人間にしか、それも極僅かだけだけど、齟齬が納得いくんだよね。おまえの話聞いてから、生徒会室にあるアルバムとか、よーっく見ると、これってデータいじってるんじゃねーかとしか思えねえのあるしさ」
 リヴァルは首を捻りながら口にした。新聞部にも属しているリヴァルの写真を見る目を確かだ。リヴァルがそう思うというなら、それは事実なのだろう。
「事実はおまえの言う通りで、俺の深層心理の中にある何かが、無意識に彼女のことを否定してしまっているのかもな。だから、俺にとってはこの一年の間、俺の傍にいたロロだけが弟認識されてるのかもしれない」
「それをどうにかしようとは思わないわけ?」
「別に俺は困ってないし、そうなった原因が俺自身の中にあるなら、それが解決しない限りどうにもならないだろう。しかもその原因がなんなのか分からない限り、解決のしようもない。だからこのままでいいさ。ロロが可愛いのも変わらないしな」
「けど、おまえのロロへの接し方見てると、たぶん、本当の妹にも相当のシスコン状態だったんじゃねーかと思うんだが。けど、肝心のおまえがそう言うんだったら、俺はそこは他人だから、関係ない、知らないことにしとくよ」
「ああ、そうしてもらえると助かる。それに、おそらくその方がおまえにとってもいいはずだ」
「じゃ、そういうことにして、さっさと目的地に向かいましょうか」
 そう告げて、リヴァルは心持ちバイクのスピードをあげた。



 その頃、政庁の総督執務室では、ナナリーが決裁を下した書類を持ってローマイヤが退出し、そこには今、総督であるナナリーとその補佐であるラウンズのセブンとなった枢木スザクの二人のみとなった。
「スザクさん、お兄さまの行方はまだつかめませんか?」
「ごめん、ナナリー。空いた時間を使って捜してはいるんだけど……」
「あ、いえ、スザクさんを責めているわけではないんです。ただ、スザクさんにしかお願い出来ないことなので。あの、この前の電話の方は、本当にお兄さまではなかったのですか?」
「う、うん……。僕もルルーシュだと思って相手に声を掛けたんだ。けど、僕のことも知らないって言われたし、けど、もしかしたら記憶障害起こしてる可能性もあると思って、それで、あれだけ可愛がってた妹の君の声を聴いたら、って考えて電話に出てもらったんだけど……」
 ナナリーに対して申し訳ないと思うところもあったが、事実と嘘を交えながら、今一つはっきりしない感じで応えるスザクだった。実際のところ、スザクにもどうなっているのか分かっていないのだ。間違いなく彼はルルーシュだ。そして皇帝の記憶改竄のギアスを掛けられている。しかし、その改竄は彼が皇子であること、妹のナナリーのこと、C.C.のこと、ギアスのこと、ゼロのことを忘れさせ、偽りの記憶を植え付けただけで、スザク自身の事は一部変わってしまっている部分はあるかもしれないが、忘れさせてはいないと聞いている。にもかかわらず、彼はナナリーのことはもちろん、スザクのことすらも完全に忘れている。彼の中にスザクという存在はないのだ。ルルーシュを皇帝に売った当人であるにもかかわらず、ルルーシュに自分のことを知らないと完全に否定された時、スザクは非常に大きなショックを受けた。理由も原因も分からなかったからなおさらだ。スザクには己のとったルルーシュに対する数々の裏切り、否定、行動そのものがその原因となっている、などということは考え付きようもない。



「で、あいつの様子は相変わらず変わりないか?」
「うん。ナナリーのことも、枢木のことも、何も思い出してない」
 シンジュクゲットーの中にある黒の騎士団のアジトの近くで、物陰に隠れて二人の人物が会話を交わしている。皇帝が、その命令を受けて、スザクや機密情報局が、ある意味、血眼になって捜しているC.C.と、ルルーシュの弟ということになっているロロだった。
「ま、どちらにせよ私にはどうでもいいことではあるが。考えてみれば、これであいつの、以前あった枢木に対する甘さが消えるわけだし、身体障害を抱えた妹よりも、おまえのほうが問題はない上に力にもなるんだから、考えようによってはいいことなのかもしれないな」
 今のロロは、完全にルルーシュの手の内だ。共に過ごした僅か一年という時間の中で、ロロはルルーシュに甘やかされ、初めて家族というものを知った。偽りと自分は知っていたが、それを知らず、たった一人の弟と信じ込まされていたとはいえ、ルルーシュから己に対して向けられた愛情は本物だった。それに絆されたといっていいのだろう。今では、記憶を取り戻した後も、ロロを実の弟と認識し、ナナリーのことを忘れているルルーシュを、ロロは心底、兄として慕っている。その力になりたいと思っている。だから今、こうしてロロは兄の代わりにC.C.と会っていたりする。
「で、例の件はどうなってるんですか?」
「ああ、あれのことなら順調に進んでいる。今の状態で進めば余裕で間にあうだろう」
「分かりました。じゃあ、兄さんにはそう伝えておきますね」
「頼む」
「ではこれで帰ります。貴方も見つからないようにくれぐれも気を付けて」
「ふっ。誰がそんなヘマをやるものか。私はC.C.だからな」
 互いに最後に笑みを交わし合って、背を向けた。



 夜、キッチンで夕食の後片付けをしながら、ルルーシュは考える。
 C.C.によって皇帝に掛けられたギアスを解かれた後、ナナリーのこともスザクのことも、忘れていたのは本当のことだ。しかし暫くして少しずつ思い出した。そして今では完全に分かっている。
 だが、冷静になり、第三者的になってよくよく思い出してみれば、ナナリーはかねてからゼロに対して否定的であり、ルルーシュが自分の面倒を見るのを当然のこととしていた節があったことまで思い出し、加えてゼロである自分に対する牽制という意味で皇族復帰させ、このエリア11に赴任させたのだろうが、就任演説では、自分は何も出来ないので協力してほしい、などと何の疑問も持たずに堂々と告げ、何も考えずにそのままにユーフェミアの唱えた“行政特区日本”を再建するとのたまった。皇族復帰してからのこの一年、何をやっていたのだ、と思う。何故隠れていたのか、などということは考えもしなかったのだろうし、また、皇族としてどうあるべきかなど、何も学んではいないのが簡単に見て取れる。そしてナナリーには自分は必要ないのだろうとも思えてしまう。ルルーシュでなくてもいいのだ、自分の面倒を見てくれる存在があれば。そうとしか考えられなくなって、ルルーシュはナナリーのことは割り切った。ナナリーにはルルーシュはもう必要ない。だからルルーシュもナナリーを必要としない。必要ないものは存在しない。必要なのは弟のロロだと。
 そして枢木スザク。幾度となくルルーシュを裏切り、伸ばした手を払いのけ、ゼロを否定した男。己の考えだけが正しいと、ルルーシュが皇帝に対して、ブリタニアに対してどう思っているかを知りながら、ルルーシュの感情を一切気にすることもなく、名誉ブリタニア人となり、軍人となり、KMFのデヴァイサーとなり、果てはルルーシュたちにとって危険が増すことに少しも思い至ることなく第3皇女の騎士となり、その後も学園に籍を置き続け、さらにはルルーシュたちが入ることなど到底不可能だということを考えることも出来ずに特区への参加を求め、遂にはルルーシュを皇帝に売って己の出世を買った男。そんな男を一体どうしたら親友と思い続けることなど出来るだろうか。思い返してみれば、再会してからこちら、親友だと思い、相手のことを考えていたのは自分だけだったのではないのか。そう思えてならない。つまるところ、スザクにはルルーシュの声に出さない思いやりなどは全く通じず、表面に現れたことだけしか見ることが出来ない、理解出来ないのだ。そんな輩にこれ以上情けを掛けてやる必要も、友人として扱う必要も見いだせない。だから自分の中から切り捨てた。ルルーシュにとっての枢木スザクは、枢木神社の土蔵の中で過ごしていた時、子供の頃の僅かの間のスザクだけなのだと。それ以後のスザクのことは知らない。それ以外の友人と呼べる枢木スザクは存在しない。現在のルルーシュにとって真の友人と呼べるのは、全てを打ち明けることの出来たリヴァルだけだ。リヴァルがいて、自分を理解してくれているのだから、それだけでいい。
 だから、ルルーシュの中から、ナナリーとスザクという存在は消え、ロロとリヴァルという存在が残ったのだ。

── The End




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