執務室は保育園 終章




 それはルルーシュがトウキョウ租界にあるアッシュフォード学園内で行われた、超合衆国連合の臨時最高評議会の場から去って、洋上で待機しているアヴァロンに戻る途中の飛行艇の中にいる時に、最初の通報が入った。
 本国の帝都ペンドラゴンに向けて、大量破壊兵器フレイヤが投下されたと。
 速度を上げさせて急ぎアヴァロンに戻り、現状の報告を受ける。
『なんとか間に合って被害は免れました。完全に防ぎました、被害は全く出てませーん』
 それでも流石に、蒼白と言ってもいいだろう顔色で、画面の向こう側からロイドが報告をしてきた。
 万一のことを考え、ルルーシュはロイドが自分たちに合流してきた時から、KMFなどの整備と共に、フレイヤ対策を考案させていたのだ。そこにはルルーシュの考えも取り入れられていた。
 ロイドから得た情報からすれば、といっても、ロイドもその全てを把握しているわけではなかったが、フレイヤの核反応シークエンスは5段階からなっており、その第一段階はサクラダイト起爆である。ならばその第一段階であるサクラダイト起爆が起こらなければ? 必然的にその先に進むことはなく、従ってフレイヤは無効となる。そのための手段としてルルーシュはゲフィオン・ディスターバーを応用出来ないかと考え、ロイドに持ち掛けたのだ。どの段階で発射されたフレイヤを捉えることが出来るかによって異なるだろうが、シークエンスが始まる前ならば、充分に効果があるのではないかとの結論に達し、ともかくもそれによるフレイヤ対策を講じていたのである。そして、今回はルルーシュが本国を留守にするということから懸念を抱き、充分な警戒態勢を敷いた上で、さらに帝都にロイドを残して超合衆国連合の評議会に臨んだのであり、それが結果的に功を奏した次第だ。
 とはいえ、実際に初めての使用であり、どの程度有効なのか判断しかねる部分もあったことから、結果はどうあれ、それがロイドの表情に現れていた。
 ロイドから直接、その結果報告を受けて一安心したルルーシュの元に、ロイヤルプライベート通信が入ったと、通信の担当者からオペレーターを務めているセシルに声がかかった。
 セシルからのそれを伝える声に、ルルーシュは通信を繋げさせた。ペンドラゴンへのフレイヤ投下という事態から、相手が誰なのか、ルルーシュには十分に予測は出来ていたので、いまさら心構えも何も必要なかった。
『他人を従えるのは気持ちがいいかい、ルルーシュ?』
 繋がれた画面の向こうでは、予想通りの人物であるシュナイゼルが艶然と微笑んでいた。
『フレイヤ弾頭は全て私が回収させてもらったよ』
「つまり、ブリタニア皇帝に弓を引くと?」
『残念だが、私は君を皇帝とは認めていない』
「成程。皇帝に相応しいのは自分だと?」
『違うな。間違っているよ、ルルーシュ。ブリタニアの皇帝に相応しいのは、彼女だ』
 シュナイゼルはそう告げて、画面から少し端にのいた。すると、そこに新たに登場したのは、エリア11総督という地位にありながら行方を晦ませていたナナリーと、そのナナリーの座る車椅子の横に、一時は黒の騎士団の旗艦である斑鳩に捕らわれていたコーネリアが、ナナリーを間にしてコーネリアの反対側には、シュナイゼルの副官であるカノン・マルディーニがいた。
 その状況から、シュナイゼルが告げた「彼女」が、ルルーシュの母を同じくする実の妹であるナナリーであるということは十分に読み取れる。
『お兄さま、私は、お兄さまの敵です』
「ナナリー、生きてたのか」
『はい。シュナイゼルお異母兄(にい)さまのお蔭で』
 生きていたのか、とルルーシュは口にしたが、実を言えば、ルルーシュはとうにナナリーがフレイヤがトウキョウ租界で使用される前に政庁を脱出していたことを知っていた。今はルルーシュの元にいる咲世子から、自分がナナリーの元に辿り着くのが間に合わず、ナナリーが小型の脱出艇で政庁から出ていくのを確認したと聞いていたからだ。
『お兄さまはずっと私に嘘をついていたのですね。本当のことをずっと黙って。でも私は知りました。お兄さまが、ゼロだったのですね。どうして……? それは私のためですか? もしそうなら、私は、私は……』
 ナナリーの語尾が震えているのがよく分かる。
『私は、そんなことは望んでいなかったのに……』
「それがどうした。望んでいなかったと? 私が仮面を被りゼロとなったのは、おまえが“優し世界”を望み、クロヴィス殺害容疑で捕らわれたスザクのことを知って、私に「どうにか出来ないか」と告げたのがきっかけだったのだが、それでも望んでいなかったと? 確かに私はブリタニアを、父であるシャルルを憎み、敗戦直後の日本で、幼い頃に誓ったようにブリタニアを壊そうとは思っていたが、おまえのその言葉がなければまだ動くつもりはなかった。それでも、おまえには私がゼロとなったことに何の責任もないと? おまえの言葉がなければゼロが登場することはなかったのに」
『えっ……!?』
 自分のためかと問い掛けながらも、実際に自分の言葉がきっかけだったという、ナナリーにしてみれば想定外のルルーシュの言葉に、ナナリーは震えた。つまりルルーシュの言っていることは、自分の言葉がなかったら、ゼロの登場はなかったということなのだから。
「私としては、せめておまえが高校を卒業するまでは何事もなければいいと思っていた。そして動く時は別の手段を考えていたのだから。確かにクロヴィスを殺したのは私だが、その時はまだゼロという存在はいなかった。ゼロというテロリストとして動こうなどということは考えていなかった。つまり、おまえの言葉で私はゼロとして表舞台に出ることになったのだけれどね。そしてだからこそ、私は自分がゼロであることをおまえに告げることは出来なかったというのに」
『そ、そんな……』
 ナナリーは蒼褪めた顔色で顔を横に振り続けた。ルルーシュの言葉を否定したくて、自分の言葉がきっかけでルルーシュがゼロになったということを否定したくて。
「それと、おまえたちがペンドラゴンに対して使用したフレイヤは、こちらの対策がうまく働いて無効化された。ペンドラゴンは無事、被害は何一つ出ていない。つまり、おまえたちは自分たちがフレイヤを所持していると、こちらを脅しているつもりなのだろうが、こちらとしてみれば、既に無効化する手段を手にしている以上、何の意味も持たない。しかし皇帝を僭称しながら、その自国の帝都に対して大量破壊兵器を投下し、数多(あまた)の無辜の民衆の命を奪い、破壊しようとしたという事実は覆らない。加えて、シュナイゼルは宰相という立場にありながらその役目を放棄して行方を晦ましていたし、おまえはおまえでエリア11の総督という立場にありながら、混乱状態にあるトウキョウ租界を見捨てて自分一人身の安全を図り、おまえにそこまでの考えがあってのことかどうかまでは分からないが、結果だけ見れば、おまえは死を偽装して総督としての責任と義務を放棄した。まあ、その前に、コーネリアも自分の役目を放棄して皇室から出奔していたのだから、コーネリアもおまえ程ではないにしてもそれなりの責任があるが。
 従って、おまえたちは神聖ブリタニア帝国に対する大逆犯ということだ。皇族の既得権は既に最低限のものを残して剥奪してあるから、皇籍奉還の特権ももちろんない。それでも自分たちが正しいと、一エリアすら満足に治めきれていなかったおまえが、それでもなお、自分こそが皇帝に相応しいというなら、私は私の国である神聖ブリタニア帝国の皇帝として、おまえたちと正面切って戦うだけだ。今から24時間の猶予をやろう。それまでに考えを改め、ペンドラゴンに出頭するならよし、そうでなければこちらも全軍を持って迎え撃つまでのこと」
『お、お兄さま……』
 ルルーシュの口から発せられる言葉からは、かつて常にあったナナリーに対する愛情は微塵も感じることが出来ず、それがさらにナナリーを心理的に追い詰めていた。
『本当に、本気で私と戦うと……?』
「おかしなことを言う。先に私の敵だと告げたのはおまえの方だったはずだが。
 とにかく、今の私にはおまえよりも、母親に見捨てられた憐れな異母弟妹たちのことのほうが気がかりなのでね。これで失礼させてもらうよ」
 そう告げると、ルルーシュはまだ何かを言いたそうにしていたナナリーを無視して通信を切った。
「よろしかったのですか、陛下?」
「よろしいも何も、他にどうしろと? とにかく、一刻も早く帰国する」
「イエス、ユア・マジェスティ」
 セシルはルルーシュの言葉に従って、アヴァロンの速度を上げさせた。



 神根島で実の両親であるシャルルとマリアンヌの精神体を消失させた後、スザクに「ユフィの仇だ」と詰め寄られて“ゼロ・レクイエム”という計画を立てた。それはルルーシュがブリタニアの皇帝として()ち、それを受けて出て来るであろうシュナイゼルの持つフレイヤの始末をしたら、世界を統一し、その後、自分の身に負の感情を集めて、“悪逆皇帝”としてゼロとなったスザクに自分を殺させ、負の連鎖を断ち切るためのものだった。それまでのシャルルが始めたことも含めて、この世の全ての悪意を引き受け、そして、その後には超合衆国連合を中心として、話し合いによって、争いのない、優しい世界を築いていってもらうという、破壊と再生を考えた。
 しかし、黒の騎士団から命がけで自分を救い出してくれた偽りの、けれど今となっては誰にも代えがたい大切な弟となったロロや共犯者のC.C.、シャルル弑逆と己の皇帝宣言をした中継を見て駆けつけて来てくれたジェレミアやロイド、セシル、そしてフレイヤ攻撃の直後、連絡が取れなくなっていた咲世子までも来てくれて、C.C.やロロに加えて、計画を聞いた彼らがそれに猛反対を唱えたこと、また、シャルルの皇妃たちが皇宮を去る際に置き去りにしていった幼い異母弟妹たちの面倒を見ているうちに、ルルーシュはその計画が本当に正しいのか疑問になり始めた。予定通り、そう遠くない未来に自分がいなくなったら、一体誰がこの弟妹たちの面倒をみてくれるのだろうかと、それが心配であり、心残りとなりそうでならなかった。
 ゼロ・レクイエムに反対する皆の声もあったことから、スザクには申し訳ないと思いながらも、計画の断念と、代わりに、ブリタニアをよりよい方向に導くことで、ユーフェミアやナナリーが望んだ“優しい世界”になるように努め、残りの一生をそのために捧げることを告げた。
 結果、スザクとは物別れとなった。
「結局、君は嘘つき以外の何者でもない! やはり君の存在は間違っていたんだ。僕は計画の変更は認めない! 許さない!!」
 そう声を張り上げて、スザクはルルーシュに腰に佩いた剣を抜きルルーシュに向け掛けたが、直ぐに傍にいたジェレミアらによって取り押さえられ、皇帝の命を狙った大逆犯として、直ぐに投獄され、即決裁判の後、既に処刑されている。ルルーシュとしては処刑はなんとか避けさせたかったが、周囲の者がこれを許さなかった。それはルルーシュの中に、また罪の一つとして残ることとなってしまっていたが、いまさら留まることは出来ないと、周囲の者たちの協力を得ながら政務をこなし、ブリタニアという超大国を治めている日々だ。
 そして今、かねてから問題にしていたフレイヤを所持するシュナイゼルがナナリーを担ぎ出して出てきた。
 超合衆国連合の評議会に参加するために行ったアッシュフォード学園で、ミレイたちによって保護されていたフレイヤの開発者であるニーナの身柄を確保することも出来た。これでニーナを説得することが出来れば、より完全な状態に近いフレイヤ対策を講じることも出来るだろう。



 結果をいえば、結局シュナイゼルたちは、ルルーシュも予想していたが、出頭して来ることはなく、日本人を中心とした黒の騎士団と共にブリタニア正規軍に戦いを挑んできた。しかし皇帝たるルルーシュを守る騎士や多くの兵士たち、そしてフレイヤ対策に協力してくれた、ゼロであったルルーシュを許せないとしながらも、己の為してしまったことに怖れと、重大な責任を負いこんでしまったニーナをはじめとする科学者たちの協力を得て、より完全なフレイヤ対策がとれたこともあり、旧皇族派と黒の騎士団は、ルルーシュ率いるブリタニア正規軍の前に敗れ去り、敗者として裁かれるのを待つ身となっている。ナナリーの実兄としては、辛いと思うことが全くないといえばそれは嘘だ。出来るだけそのような感情は見せないように心がけてはいるが、分かる者には分かっていることだろう。
 超合衆国連合は、臨時最高評議会での態度が問題視され、議長であった皇神楽耶は更迭され、、シュナイゼルたちと共闘した黒の騎士団のこともあって、程なく解散の運びとなったが、ルルーシュは、世界各国の話し合いの場としての利用価値から、超合衆国連合に代わる新たな国際組織の()ち上げを考慮しているところだ。
 ルルーシュはその時々の状況により、被害者としての立場も、加害者としての立場も経験した。黒の騎士団の指導者として積んだ経験もある。これまでのまだ短いといえる生きてきた時間の中で、楽しいことも辛いことも悲しいことも色々あった。それらはルルーシュが人として生きていく上での、心の糧となっているといっていいかもしれない。それらの経験を活かしながら、少しでもこれからの世界が皆に優しい世界になってくれればよいと思いながら、おそらくは超大国であるブリタニアの皇帝という立場から、世界の中心に近いところで、ブリタニアを、ひいては世界を、周囲の者たちの協力を得ながら導いていくことになるだろう。
 様々なことを考えながら執務を執っていると、今日もまた、隣の部屋から幼子の泣き声と、それをどうにかしようとして働いている者たちの声が漏れ聞こえてきて、思わず、ルルーシュは口元に微笑みを浮かべた。

── The End




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