母と兄妹




 とある日の朝、普段よりも幾分早めに目を覚ましたアダレイドは、ベッドの上に半身を起こし、そして首を捻った。
「これは、どういうことじゃ?」
 自分の産んだ子供は、ルルーシュとユーフェミアの二人のはず。なのに、現在の自分の中には別のものがある。その中では、自分の子供たちは、もう数年前に、追いやられていたエリア11からこの国に戻って来て、その後、一ヵ月程で再び他国へと出されたヴィ家の娘であるコーネリアと、そしてユーフェミアであり、ルルーシュは、そのコーネリアと逆の立場、つまり、ルルーシュがヴィ家の皇子、アダレイドが憎んでやまない女の息子だった。
 記憶の中にある四人のことについてはそれだけではない。
 自分の娘となっていたコーネリアは自分が憎んでやまない庶民出、しかも軍人あがりの第5皇妃マリアンヌに憧れ、自ら軍人となって戦場に赴き、エリア11の総督となったのはいいが、彼女が溺愛し甘やかす一方だった妹のユーフェミアを副総督という地位につかせて伴い、そこでユーフェミアは皇女とは思えぬ行動を幾度となく繰り返した挙句、国是に逆らう政策を誰に相談するでも、前もって諮るでもなく、突然、大勢の庶民の前で、マスコミのカメラの前で公表した。そしてその政策“行政特区日本”の開会式会場で、突然、その場に集まったイレブンたちを殺し始め、兵士たちに虐殺を命じ、ユーフェミアが協力を要請して呼び出したエリア11最大のテロリストグループの指揮官である、仮面を被った謎の男ゼロによって殺され、その後、エリア11はその虐殺事件をきっかけとした大規模な内乱状態に陥り、その戦いの中で負傷したコーネリアは、その後、“虐殺皇女”の名を冠されたユーフェミアの濡れ衣を晴らす、仇を討つと、皇室から出奔して行方を晦ました。次には、ヴィ家の長子であったルルーシュが、自分の夫であり、ルルーシュ自身にとっては父親でもある皇帝シャルルを弑逆したとして、弱肉強食の国是から、自分が次の皇帝であると、つまり皇帝位を簒奪した。
 帝位に就いた後のルルーシュは、次々とそれまでのブリタニアの慣習を拭い去っていった。皇族や貴族たちの既得権の剥奪、財閥の解体、ナンバーズ制度の廃止、弱者への差別禁止など、悉く、シャルルの下にあっては当然のものであったものを廃していったのだ。そしてシャルルが死んだことを受けて、自分は皇宮を去った。それから実家の領地にある本宅に身を寄せていたのだが、それが自分の命を救うこととなった。
 何故なら、あろうことか、コーネリアは帝国宰相たる第2皇子シュナイゼルと共に、ルルーシュの妹であり、“アリエスの悲劇”と呼ばれる事件の中で、母たるマリアンヌを殺されただけではなく、自ら足を撃たれ、精神的なショックから目を閉ざしてしまった身障者、つまり弱者以外の何者でもなく、加えて、エリア11で起きていた、超合集国連合とやらとの戦争の中、味方、しかもユーフェミアのかつての騎士であり、ゼロを捕まえたことの褒賞として皇帝のラウンズとなっていた枢木スザクの放った大量破壊兵器フレイヤでトウキョウ租界に大被害を与え、その中で死亡したと思われていたのだが、結果的にはその前にシュナイゼルに救われており、総督という立場にありながら、大混乱の最中にあるエリア11を、トウキョウ租界を見捨てて雲隠れしていたナナリーを、ナナリーこそが真の皇帝であるとして、帝都ペンドラゴンを攻撃してきたのだ。皇帝たるルルーシュが本国を離れている隙を見計らったように、トウキョウ租界を破壊したものと同じ、しかもさらに強力にしたフレイヤを使って。そのために実家の両親や親族をはじめとして、ペンドラゴンにいた者たちは皆、フレイヤによって死亡し、帝都だった場所には巨大なクレーターが出来ていた。それなのにあの娘は、ナナリーはペンドラゴンにいた者たちは避難させていて人的被害はないと繰り返すのみだった。歴然とした事実があるにもかかわらず、シュナイゼルがそう言ったからと、それだけを盲信し、自ら確認しようともしなかった。もともとそれ以前に、エリアの総督となるような力量など持ち合わせている娘ではなかった。知識も見識もなく、総督の就任演説においては、自分は何も出来ないと堂々と言い放ち、ユーフェミアが失敗した“行政特区日本”の再建を打ち出した。本国に対して何を諮ることもなく。そしてやはり予想通りにそれは失敗した。いや、単に失敗しただけではない。復活したゼロと彼の率いる黒の騎士団は、その特区政策を利用して大勢のイレブンを率いて合法的に国外脱出し、ひいてはそれが要因となって、ブリタニアに対抗する超合衆国連合などという国際組織が誕生し、それがエリア11をブリタニアから解放するための第2次トウキョウ決戦となり、そこで使われたフレイヤによって数千万の犠牲者を出したのだ。それに何の対応をすることもなく死亡した振りをして身を隠していた、総督たる者の、為政者としての意識も見識も何もない娘が、自分こそが皇帝であるなどと称し、コーネリアはそれを後押ししていた。それに対して、通信で、ではあったが自分は皇帝であるルルーシュに、最早到底自分の娘とは思えぬコーネリアを含めた逆賊たちの処罰を望んだのだ。
 そこまで思い出していた時、アダレイドを起こしに入って来た侍女に促され、彼女はベッドから降りると、侍女たちの手を借りて身支度を整え、朝食を摂るために、おそらく既にいるであろう子供たちの待つダイニングルームへと向かった。
 アダレイドがダイニングルームに入っていくと、やはり思っていたように既に来ていたルルーシュとユーフェミアが楽しそうに会話をしていたが、アダレイドが入って来たことに気付くと、すぐにルルーシュが、続いてユーフェミアが声を掛けてきた。
「おはようございます、母上」
「おはようございます、お母さま」
「おはよう、ルルーシュ、ユーフェミア」
 そう答えながら、アダレイドは自分の席についた。
「ユーフェミア、昨夜は随分と遅くまで起きていたようじゃが、何かあったのかえ?」
 侍女たちが自分たちの前に朝食の仕度を整えていくのを傍目に見ながら、アダレイドはユーフェミアに問い掛けた。
「学校の課題でよく分からないところがあって、ルルーシュお兄さまに教えていただいていたんです。それから、お兄さま、先月から宰相補佐としてシュナイゼルお異母兄(にい)さまの下に就かれたでしょう。それで、機密事項もあるでしょうから全てを、とはいかないのは分かっておりますけど、最近の国内外や、各エリアのことなども色々とお聞きしていたのです」
「そういったことであればよいが、あまり無理をするではないぞ。それに、ルルーシュに対しても公職に就いた以上、疲れもあろう。自分のために時間を割かせるのは程々にの」
「それはもちろん分かっております。ただ、昨夜は思わず話が弾んでしまって、少し遅くなってしまいましたの。決してお兄さまのお仕事の邪魔になるようなことはしないように注意いたしますわ」
 ユーフェミアの答えに満足したように頷きながら、アダレイドはルルーシュに顔を向けた。
「ルルーシュ、そなたには今ではれっきとした立場、公務がある。妹であるユーフェミアを大切にしてくれるのは当然のことじゃが、公務に支障をきたすようなことのないにようにの」
「承知しております、母上。宰相であられるシュナイゼル異母兄上(あにうえ)にご迷惑をお掛けするようなことは出来ませんし、まして、それによって、このリ家の面目を潰すようなことをするわけにはまいりませんから」
「分かっておるのならそれでよい。ただ、必要以上の無理をするではないぞ。無理をし過ぎて体調を崩したりなぞすれば、本末転倒じゃ」
「はい、気を付けます、母上」
 そんなふうに会話を続けながら用意された朝食に手を付けたアダレイドだったが、目の前にいる仲の良い息子と娘を見ながら、今朝起きた時に自分の中に湧き上がってきていた記憶を思い返していた。
 シャルルを弑逆しての、つまり帝位を簒奪しての皇帝即位ではあったが、皇帝となったルルーシュの政策に手抜かりはなく、それは見事な手腕であった。皇族や貴族たちの既得権の剥奪や、それまでの国是の否定など、立場的に受け入れがたい部分は確かにあり、それに反発する者もいたが、ルルーシュは時に己の政策について理路整然と説明して納得させ、それでも反抗する者たちには、必要とあれば武力も用いたが、決して無駄といえるような殺生はしていなかった。シャルルが皇帝であった時代とは違うのだと、国の内外に行動で示した。そして自分が皇宮を去るにあたって謁見を申し出た際には、公的なことではなく私的なことと見抜いて、わざわざプライベートタイムを割いてくれたりもしていた。
 コーネリアを姉としていたユーフェミアは、コーネリアに溺愛され甘やかされ、皇族としての立場、振る舞いに関して、自分の娘ながら呆れかえることがあまりにも多かった。無知であり、為政者たる者に属する者としての見識にも欠けていた。エリアの副総督が務まるような知識も、そのために必要な振る舞いの仕方も身に付けていなかった。だが今、現実にルルーシュを兄としているユーフェミアはどうだろう。ルルーシュは間違いなく、ユーフェミアを母を同じくするたった一人の妹として愛し大切しているが、決して甘やかしてはいない。皇族としての立場、あるべき振る舞いをしっかりと、時には厳しく教えさとし、いずれ学校を卒業して公務に就くことが決まったとしても、決して困ることのないように導いてやっており、ユーフェミアは兄たるルルーシュのその思いに応え、母としての欲目もあるかもしれないが、随分しっかりしていると思う。
 ふいに沸いてきた記憶と現実の差に戸惑いはある。そして、そういえばと思い出したこともあった。コーネリアとナナリーの二人がブリタニアに戻って来た後、その二人がルルーシュたちに対して、自分たちには別の記憶があり、その中では、コーネリアとルルーシュの立場が逆だと言っていたと。もしかしたら、あの二人が言っていたことなのかもしれない。
 けれど、と考える。
 記憶の中のコーネリアとユーフェミア、現実に目の前にいるルルーシュとユーフェミア。コーネリアとルルーシュの差。そしてさらにコーネリアを姉としたユーフェミアと、ルルーシュを兄としているユーフェミアの違い。それを比較すれば、どちらがいいかは一目瞭然だ。冷徹で辣腕とも称されるシュナイゼルにすらその力量を認められ、その補佐となっているルルーシュと、そのルルーシュの影響、導きを受け、皇女として相応しいといえるだろう様のユーフェミア。もし、どちらかを選べと言われれば、自分は間違いなく、何の迷いもなくルルーシュとユーフェミアの兄妹を選ぶだろうとアダレイドは思う。そう、コーネリアよりもルルーシュを。
 だからアダレイドは、自分に、コーネリアという娘ではなく、ルルーシュという息子を与えてくれたものに、感謝するのだった。

── The End




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