亡命生活 終章




 ジェレミアとC.C.の二人から全てを教えられたルルーシュは、暫く、考え込む日々を送った。
 ナナリーについては、あの二人は彼女の自分に対する態度から、否定気味なところがあった。そして物理的に考えても、身体障害を抱えたナナリーを連れて日本を脱出するのはかなりの無理があっただろうことは十分に察せられる。それらを考え合わせれば、致し方なかったことなのだと、そう割り切ることは出来る。とはいえ、それは理性の面でだけであり、感情的にはそう簡単に割り切ることは出来そうにないが。なにせたった一人の大切な愛しい妹だったのだから。たとえナナリーが自分に対して何をしたとしても。だから、おまえは甘い、などとC.C.は言うのだろうが。しかしこれが自分なのだから、こればかりは変えようがなく、致し方ない。
 そしてある日の夕食の後、ルルーシュは二人に切り出した。
「だが、ラグナレクの接続、あれが今回もまた進行中であるのなら、それはなんとしてでも阻止したい。あれは世界に、人間(ひと)に対して許されざる行為。裏切りの行為だ。決して認めることは出来ない」
 真剣な瞳でそう告げるルルーシュに、C.C.は一つ溜息を吐いてから口を開いた。
「前と変わらない。現在も進行中だ。私がいなければ出来ない、とは思うが、完全ではない。私がいなくとも、成し遂げてしまう可能性が全くないとは言い切れない」
「記憶が正しければ、俺がおまえから受け取ったギアス、絶対遵守の力を使って止めて、二人を消し去った、そうだったな?」
「そうだ」
「だが、今の俺はその力を持っていない。その状態で、阻止するにはどうすればいい?」
「今からでも契約しておまえが力を得てその力で阻止するか、なんとかしてアーカーシャの剣を破壊するか、どちらかしかないだろう。いずれにしても難しいことに変わりはないが」
「今から契約しても、その力を神に掛けるには時間がかかるだろう。力が上がらなければ、神にまで届けることは出来ない。それに、俺はむやみやたらとその力を人に対して遣いたくはない。前の時のような、ブリタニアに対してテロを起こしているわけでもないのだし」
「……ギアスは願いにも似ている。そう言ったのは確か以前のおまえだったか。ならば、おまえの願いが、気持ちが、あの二人よりも遥かに強ければ、決して出来ないとは言えない。だが、これはあくまで推測、可能性であって、実際のところはやってみなければ分からない、というところだな。そしてアーカーシャの剣の破壊だが、これとて物理的な力だけで出来るのか、私にも分からない」
 C.C.からの言葉に、ルルーシュは考え込んだ。そして少ししてゆっくりと口を開いた。
「考えているだけでは何も始まらない。可能性に賭ける。C.C.、契約を」
「分かった。ならば強く願え。ラグナレクの接続を阻みたい、そのための力が欲しいと」
 C.C.の言葉に頷いて、ルルーシュは、C.C.の己に向かって差し伸べられた手を取った。
 前回の契約を交わした時と同様、ルルーシュの中に様々な映像や声が浮かんでは消えていった。それによって、ルルーシュは自分が前と同じギアス能力者となったことを自覚した。
「それと、これはギアスやコードとは関係なく個人的なことなんだが……」
「なんでございましょう?」
 ギアスのことについての遣り取りには口を挟めなかったジェレミアが訊ね返した。
「おまえたち二人、そして俺に以前の記憶があるということは、他の人間にもその可能性はあるのだろうか」
「ない、とは言い切れないかと思いますが。それがどうか?」
「……もし、咲世子にその記憶があって、彼女が了承してくれればの話だが、彼女にも傍にいて欲しいと思う。咲世子は、ジェレミア、おまえと同様、俺に忠誠を誓ってくれた存在だから。ただ、アッシュフォード学園がない現状では、彼女が今何処にいるのか皆目見当がつかないんだがな」
「それなら、桐原の線から探ってはどうだ? 確か、桐原の紹介か何かでアッシュフォードに仕えることになったと聞いたことがあったような気がする。それに咲世子がいてくれれば、私も嬉しい。あれはおまえに次いで美味いピザを作ってくれたからな」
「では、日本、現在のエリア11に行く手配をしましょう。いずれにせよ、神根島に直接行くことは無理。一度はエリア11に行かねばならないのですから」
 そう告げると、ジェレミアは早速、というようにその手配をするために席を立った。
 ジェレミアと咲世子は、ルルーシュに仕えることを誓った存在としては双璧といえた。咲世子の存在はジェレミアの中でも大きく、ここに彼女がいれば嬉しいと、ジェレミアも思ってしまう。
 数日後、ジェレミアの手配した航空券とちょっとした旅行をする程度の用意を整えて、三人は空港に行き、エリア11行きの便に乗り込んだ。



 エリア11に到着した三人は、まずはキョウトに赴き、キョウト六家と呼ばれる家の一つである桐原を訪ねた。もっともそう簡単に直接桐原と面会が叶うとも思っていなかったが。
「以前、枢木のところにいたブリタニアの子供が会いに来たと伝えてくれ」
 わけが分からぬままに応対に出た女中が自分では判断しかねて、ルルーシュから言われた通りのことを伝えに奥に入っていった。
 少しして、先程とはうってかわって落ち着いた様で、女中は三人を奥へと案内した。
 ブリタニアに征服された現状のエリア11で、今でも女中を使い、これだけの敷地面積を誇る屋敷に住まう桐原に、ルルーシュはある意味、感嘆を覚えた。
 幾つもの部屋を通り過ぎ、本当に奥の間に通され、そこで待つように伝えられた。
 待つこと暫し、その部屋に一人の老人が入って来た。桐原泰三だった。ルルーシュの記憶の中にある桐原とさして変わっていない。
「久しいな」と言いながら、桐原は三人の前に座った。「今までどうやって生きておった?」
「開戦前に、この二人が俺を救い出し、他国へと逃れました。おかげで戦火に巻き込まれることもなく、無事に過ごしてきました」
「妹を残して、か」
「二人が俺を見つけた時、俺は子供たちから暴行を受け、頭に負傷を負って、そのせいで記憶を失い、自分が誰かも分かっていなかったんです。だからナナリーのことも覚えていなかった。それに、他にも事情があって、この二人がナナリーまで連れ出すのは無理だったんです」
「で、儂を訪ねて来たということは、記憶は戻ったということか?」
「ええ、つい最近」
「で、何を求めてやって来た。何かが欲しいから儂のところへ来たのであろう?」
 桐原は茶で喉を潤しながらルルーシュに問いただした。
「一つ、教えていただきたいことがありまして」
「何をだ? 事と次第によるが」
「篠崎咲世子、彼女は今何処にいますか? 彼女を知っていて、そして捜している理由は、まあ、色々とわけがありまして、そう簡単に説明出来ることではないのですが」
 頬を軽く掻くようにして答えるルルーシュに、その通りなのだろうと桐原は深く追求することはやめて答えた。
「咲世子ならここにおるよ」
 そう言うと手を叩き、やって来た女中に、咲世子にここに来るように伝えるよう指示を出した。
 少しして、人がやって来る気配がした。それは三人にとっては懐かしい気配だ。
 障子が開けられ、その人物が顔を出す。
「ル、ルルーシュ様!? それに、ゴットバルト卿にC.C.様も!」
 咲世子は両手で口元を覆った。
 咲世子のその反応に、桐原は驚いた表情を浮かべた。
「咲世子、そなた、この三人を知っておるのか?」
 桐原でさえ知っているのはルルーシュ一人のみだというのに。
「はい、はいっ! とてもよく存じております。ルルーシュ様は私が唯一、生涯を掛けてお仕えする主と決めた方です。ゴットバルト卿もそうですし、C.C.様はルルーシュ様の共犯者でいらっしゃいますから」
「咲世子、無事だったんだな。そしておまえにも記憶がある」
「はい、C.C.様」
「俺たちは今、イギリスで一般人として三人で暮らしている。それでもよかったら、一緒にきて共に暮らしてほしいと思ってやって来たんだ」
「ルルーシュ様がそう望んでくださるなら、喜んで」
 顔面に喜色を浮かべ、咲世子が頷きながら答える。
 桐原を無視して続けられる彼らの会話。桐原はその様子に、片手を額に当てて、考えを巡らした。
「望みは、咲世子だけ、か?」
「ええ。あとは俺たちでどうにか出来ますから。いえ、しなければならないことなので」
「ならば連れていくがいい。よくは分からんが、本人がこう言っている以上、引き留めても意味はあるまい」
「ありがとうございます、桐原翁」
 その後、三人は咲世子の仕度を待って、四人で桐原の屋敷を出た。
 桐原は四人を見送ってくれたが、その表情には疑問が浮かんだままだった。もっとも、もうそれに答えを返せる者はいなくなってしまったが。



「これから神根島に行きたいんだが、問題は足だな。さて、どうしたものか」
 桐原の屋敷を出てトウキョウ租界に向かう自動車の中、同乗者である自分たち四人の他には誰も聞いている者はいないということで、ルルーシュは口にした。
 あまりにも簡単に咲世子がみつかり、しかも同行してくれることになって、安心感も出たのかもしれない。
「それでしたらお任せを。二、三日、お時間をいただくことになりますが、私が手配出来ます」
 篠崎流の忍びである咲世子が自信ありげにそう答えた。
「おまえの、例の横の繋がり、か?」
「はい」
 ルルーシュの問いに、咲世子は頷いた。
「では頼む。その用意が出来るまでに、おまえのパスポートの手配をしておこう。イレブンや名誉ブリタニア人はエリアを出ることは出来ないからな。ちなみにイギリス籍になる。変装してもらうことになるが、おまえなら問題ないだろう、咲世子?」
 ルルーシュは、咲世子のために偽造パスポートを作ると言っているのだが、当然のことと誰も止めない。咲世子などは寧ろ嬉しそうだ。
 そうして咲世子が告げた通り、三日後、四人は神根島に向かう漁船の中にいた。
 船を操っているのは咲世子だ。目的を考えれば、他の何も知らない人間を巻き込むわけにはいかなかった。たとえそれが咲世子の忍び繋がりの者であったとしても。
 船故に時間はかかったが、四人は無事に神根島に辿り着き、C.C.に導かれるままに遺跡のある洞窟の中に入っていった。
 コード保持者たるC.C.の力で、四人は中に入った。そこ── Cの世界── は、正しく異空間だった。ジェレミアと咲世子の二人は初めて目にする世界だ。二人は驚き、圧倒されている。
 上空には、人々の集合無意識たる存在が渦巻いている。
 それに向けて、ルルーシュは今世始めて、C.C.との契約で得たギアスを掛ける。操るためではなく、願いを込めて。
「神よ、人々の集合無意識よ! 俺は願う。今、この世界にはおまえたちを殺して人々の意識を一つにしようと企んでいる奴らがいる。だが俺は、俺たちはそれを望まない! それは個としての人を殺すことであり、決して許されるべきことではない! 今後、そのような考えを持った者たちがおまえの前に現れ、事を為そうとしても、決して屈してくれるな! 俺たちはそいつらが望む昨日ではなく、たとえ何が待っているか分からなくとも、明日を望む! 人にとって、昨日は過去であり、それは忘れてはいけないものなのだろう。だがそこで止まっては人は人でなくなる。人が人として生きていくために必要なのは、個としての自分であり、そして未来、明日なのだから! 神よ、どうか俺の願いを聞き届けてくれ!!」
 渾身の力を込めて、ルルーシュは瞳の色をギアスの朱に染め、神たる集合無意識に対して祈り、願う。
 ルルーシュが願いの言葉を告げ終えた後、何ともいえない音があたりに木霊した。そして、突然現れたものがあった。
「アーカーシャの剣だ」
 C.C.が端的に告げる。
 その言葉に四人がそれを見つめていると、そのアーカーシャの剣はボロボロと崩れ始めた。
「これは、俺の願いが通じたことの結果、と考えていいのか、C.C.?」
「ああ、間違いない。アーカーシャの剣は、神を殺すことの出来る唯一のもの。それがこうなったということは、少なくとも、シャルルに遺された時間ではもうどうにも出来ない。もし仮にシャルルがV.V.からコードを継承し、不老不死になったとしてもだ。そう、おまえの願いは十分に通じたと考えていい。神はおまえの願いを聞き入れた。おまえの願いは絶対遵守。それを破ることは、今の神が存在する限り、決して出来ないのだから」
 C.C.の自信に満ちた言葉に、ルルーシュをはじめとした三人は安堵の溜息を吐いた。
 そして早々に四人は神根島を後にした。V.V.やシャルルに事が知れて動き出されたらまた面倒だ。そうなる前に神根島を出るにこしたことはないと判断してのこと。



 二日後には、イギリスにある屋敷に咲世子を加えた四人の姿があった。
 アーカーシャの剣が壊れたことが知れれば、ラグナレクの接続が出来なくなったということにV.V.とシャルルは気付くだろう。そうなったらブリタニアが続けている世界侵略はどうなるのか。ブリタニアが侵略戦争を続けている一番の理由は、ラグナレクの接続を行うために遺跡を手に入れるのが目的なのだから。つまり侵略戦争を続ける一番の理由がなくなるということだ。そうなったらブリタニアは、シャルルはどうするのか。
 これからどうなるかという意味での興味はあるが、どうなったとしても、ルルーシュには最早関心はない。自分たち四人が無事に安全に、幸福に暮らしていけるなら、それだけでいいと思う。
 時々ふと、以前の記憶の中で関わりを持った人々、特に枢木スザクや紅月カレンのことが頭を(よぎ)ることがあるが、最早今のルルーシュには何の関係もない存在だ。彼、彼女がどのような道を辿ろうとも、自分のこれからの道と交わることは二度とないだろうから。
 ただ願うのは、かつての記憶の中のアッシュフォード学園で親しくしていたミレイをはじめとする友人たちが、幸せを掴んでくれることだけだ。
 これから先のことは、それぞれの人々の手に、個人の手に委ねられたのだから。

── The End




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